思考停止

映画、本、音楽、など

輝ける日々 その3

幼い頃、周りから神童と言われた。実際自分のことを神童だと思っていた。11歳でブログを始め、小学生とは思えない音楽評論で、ツイッターなんかやらなくても一定の読者がついてコメント欄はすぐに埋まった。 今が凡人だとは思わない。精神疾患を患ってなお文…

輝ける日々 その2

朝6時に起きる。朝飯を食って色々やるものの意識の焦点が合わなくて呂律が回らない。ツイキャスを試みるが10分程度で喋ることが思いつかなくなる。ブログを書こうとするもののツイートすらままならないんで何回かボツにする。 もう自分は文章が書けなくなる…

輝ける日々 その1

文章が書けない!っつったってはてなブログを開いて文字を書いているのだから、意味の連関が把握できないレベルではない。統合失調症のワードサラダは例としてよく『パプリカ』の「オセアニアじゃあ常識なんだよ」が持ち出されることがあるが、実際自生思考…

われら主体を待ち望む――Vtuberとイデオロギー的再認、還元不能な場所で――

本文は筆者の所属する哲学・批評研究会のサークル誌に寄稿した文章です。文フリでの頒布もないようなのでこちらに供養します。南無三。Numero.0. 嘆きの壁 ああ!今まさに私の愛していたインターネットが音を立てて崩れ去っていく。何がハーバーマスの公共…

精神疾患患者から見える世界――「わたし」を保証するものの失効

・はじめに:見えざる「欠落」の問題 友人と楽しく酒を飲み、山手線の終電より1時間早い電車に乗る。携帯を見ながら、少し酔っ払った頭でTwitterの文字列を追う。乗り換えの駅が近づいてくる。ふと、「自分」と呼ばれている意識とは違う意識がどこかで作用し…

『Fate/stay night[Heaven's Feel]』、オタクは語りに溺死する

・オタクあるいは仮死の祭典:今更フェイトの話をするな 新型コロナウイルスで劇場公開の作品が次々と先送りにされる中、『Fate/stay night[Heaven's Feel]』(以下HFと略)三部作の最終章に当たる「spring song」が本年8月15日に無事映画館で公開された(本…

女の頭に金属バット――Vtuberとリアリティショーの倫理、射精するオタク

昨今、トレンディでTwitterをコロナ騒動をさておいて賑やかにさせた「テラスハウス」、並びに「リアリティショー」とSNSの問題を、僕などは「こんなもんヤコペッティの時代だったらなんでもなかっただろうが、あれはそういうもんでもないし、モキュメンタリ…

ONCEになれなかったヲタクの嘆き、あるいは生き恥

僕はTWICEが好きだ。Twitterでもこのブログでも、ことあるごとにTWICEのことを書いている。去年のMステで「BDZ」を観て衝撃を受け、MVを舐めるようにディグり、東京ドームのライブに足を運び、ハイタッチ会で推しのジヒョに会うために3万円分CDを積んだ。13…

愛がいつか終わっても――風俗黙示録

・2015年2月、五反田 高校2年生の冬、私はどん詰まりになっていた。所属していた吹奏楽部が定期演奏会を前にして一切コンディションが仕上がらず(私も自分で出した曲の譜面がまともに演奏できない状態だった)、退部者が続出し、完全に空中分解していた。中…

TWICEハイタッチ会 ごく個人的なレポート

・チェヨン チェヨンはTWICEのメンバーの中で一番身長が小さい。客観的に彼女の体躯がどういう作りをしているかという問題は些細な問題のようで、実際に目の前にしたときの印象はそういう些細な印象の方に引っ張られてしまうが、「FANCY」活動時の髪の色をピ…

沈黙と雄弁

先日、アイドルでオナニーすることについて少し長めの文章を書いた。あの文章を書いたことがきっかけになってかそうではないのか、私は推しのパク・ジヒョで初めてオナニーをした。終わったあと、私はしばらく動くことができず、気づいたら涙が出ていた。タ…

「アイドルでオナニーしていいんですか?」――私とTWICEの場合

男性のオナニーは倫理的か?という問いがもしあったとして、そこで言われている「倫理」とはなんだろう。その営みが他者を傷つけていないことから、オナニーは倫理的に正しい、と言えるだろうか。オナニーが限りなく一人でする行為であるのに対して(この場…

御伽原江良について――虚構の臨界とペルソナの呪い

・はじめに――増えすぎた「サブカル」言説 「サブカルチャー」の射程は、今や広くなりすぎてしまった。例えば……と列挙することもできないぐらい枝葉は分かれ、手の付けようがない。コンテンツがあればそれを語る言葉も増えるわけで、「サブカルチャー批評」と…

Webマガジン「ラ・ショイア」について

以下に述べるのは、自分が文章で関わったあるサイトの運営、あるいはそれにまつわるトラブルの事後処理について俺が思ったことであるが、そこにはいくらか強い表現が含まれることを先に言っておく。何故なら、本件で俺はかなりの不快感と怒り、呆れの感情を…

アルチュセールとデリダにおける法概念についての覚え書き①

ルイ・アルチュセールとジャック・デリダ、この二人を並べて論じることは少ないかもしれない。アルチュセールが生涯徹底してマルクスやマキャヴェリ、モンテスキュー等を扱いながら彼独特の理論を徹底していったのに対して、デリダは現象学とそこにおける脱…

エドワード・ヤン『クーリンチェ少年殺人事件』(1991) 感想

映画 『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 予告編 感想を書く前に、苦言めいたものをひとつ。自分はこの映画をアップリンクで観たのだが、(まあ分かってるならユジク阿佐ヶ谷で観ればよかったじゃねえかという批判は置いておいて)アップリンクという映…

自分語りは哲学に先立つか

言葉においては私たちは、私たちにとって重要なものを把握することができない。 …この困難に対して、大多数の人間は無関心だ。 生がそれ自体で問いになっている場合、この問いに答を出す必要はない。この問いを提起する必要さえない。 だが、一人の人間がこ…

今年読んで面白かった本5選

初めに断っておくが、自分はそんなに読書家という訳ではない。どちらかといえば音楽や映画の方が好きだし、何より本を読むという行為には体力と余裕と時間がいる。…というのは読んでない人間の言い訳に過ぎず、いわゆる「本の虫」と言われる人たちというのは…

A.P.D.マンディアルグについて

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、という作家がいる。20世紀フランス文学において、主にシュルレアリスムという文学の潮流において活躍した作家、と言われている。アンドレ・ブルトンやロートレアモン(「手術台の上でのこうもり傘とミシンの出会い」…

「ストリップ劇場」論序説に対するごく短い補説

lesamantsdutokyo.hatenablog.com 上記のエントリでは書き切ることが出来なかった(そもそも「序説」であるのだから)が、ある興味深い指摘があったのでここでわずかばかりながらその指摘について触れてみたい。すなわち、「劇場」という場の生起である。 演…

「ストリップ劇場」論序説

サークルの読書会の帰りに、渋谷の百軒店の入口にある道頓堀劇場、というストリップ劇場に入った。たまたま2000円が手元にあって、学割でちょうど入場料が2000円だった。 今自分はある神経症にかかっていて、音や光に敏感になってしまっているのだが、最近は…

アンリ・ベルクソン『時間と自由』第一章についての覚え書き

エクスキューズもなしにいきなりベルクソンの話を始めるのも気が引けるので、とりあえず簡単な前置きをしよう。自分は哲学批評研究会というサークルに所属していて、なんというか適宜哲学書を選んで輪読して解釈する読書会サークルなのだが、そこでは今ベル…

『ライク・サムワン・イン・ラブ』、あるいは愛の予感

アッバス・キアロスタミという映画監督の名前は知っていたけれど、その映画は観たことがなかった。音楽も映画も文章で興味が沸くタイプの人間なので、キアロスタミへのまとまった言及にもあまり触れてこなかったというのもある。去る7月に逝去し、追悼特集が…

クラシック音楽愛好家が聴かないクラシック

僕の所属しているサークルで同人誌を出すらしく、最近あまり気合いを入れて文章を書いていなかったので、久しぶりにまとまったものを書こうと思い、割としっかり書きました。割としっかり書いたら一万字弱にはなったのでまあ満足です。その同人誌は実際サー…

新海誠『君の名は。』(2016) 感想文

Tumblrのパスワードを忘れてアカウントが死んだ(知能指数5)ので、はてなで長文を書くことにしました。誰が読むかも知らないのですが。 『君の名は。』が、あたかも世間の一般論としてデート・ムービーであるかのように言及されるのは、なんとも違和感があ…

庵野英明/樋口真嗣『シン・ゴジラ』(2016) 感想文

『シン・ゴジラ』予告2 TOHOシネマズ渋谷に『シン・ゴジラ』を観に行ってきました。僕はろくろく封切り直後のロードショーを観に行くことがなく、いや厳密に言えばあるのですが直近で封切り直後に観に行った映画館はイメージフォーラムという全方位的にサブ…