思考停止

映画、本、音楽、など

黛冬優子に関する一考察、あるいは……

 

 みなさんこんにちは、ツァッキ(@PalatiumLentum)です。何気にブログでTwitterアカウント名を公開していなかったかもしれません。意味はないのですが、ブログの方が本名での活動(ライター、同人誌など)に近いので、紐づけるとちょっとまずいかな?と思っていた程度で、それ以上の意味もそれ以下の意味もありません。はじめましての方ははじめまして。そうでない方はいつもありがとうございます。そしてたまにいるネトストツァッキガールズ(いるのか?)、愛してるよ。

 

 今日は4月18日月曜日(を、跨いで4月19日火曜日)なので、シャニマス(今後何のエクスキューズもなしにこの略称を用いますが、『アイドルマスターシャイニーカラーズ』というソーシャルゲームのことです)の4周年ライブ(空は澄みナントカを越えてみたいな副題がついていた)まであと1週間を切りました。僕は2日目に行きます。と同時に、僕がシャニマスを本格的に始めてから1年経ったんですよね。当時の僕は廃人一歩手前で、何日も眠れず、固形物が喉を通らないため食事は全部ウィダーでした。確か精神病院から出てきた直後だったはずです。詳細は省きますが、インストール自体は2年前にしていて、当時は芹沢あさひと浅倉透目当てで始めました。が、僕の壊滅的なゲームセンス(まあ、シャニマスにゲームセンスが必要かと言われると疑わしいですが)でWING攻略は至難の業、あさひも透も毎回ボロボロになって僕の前から去っていきました。2019年夏の限定冬優子をあっさりと引いた僕は、特に何の思い入れもなくWINGを冬優子でやりました。もう、顔の形が崩れるほど泣いた。「もう一度、アイドル、やりたい」と叫ぶ冬優子が本当に愛おしくて、ほとんど痙攣しながら泣いていたと思います。初めて準決勝を突破し、僕はゲームで流したことのない冷や汗をかいて震える手でタバコを吸いながら、ほぼ過呼吸のようになりました。決勝は敗退。このダメージがデカすぎて、僕は一旦シャニマスから離れました。もう一度始めたのは先輩に薦められてやった七草にちかが大きかったと思います。太陽キッスを聴きながら、大崎甜花に泣きながら(志摩遼平)シャニマスをシコシコと続け、今僕の机の横には4周年記念ポップアップストアで買った冬優子Tシャツがドバーンと飾られています。もちろんライブで着ます。頭も冬優子のメンバーカラーであるライムグリーンに染めました(美容師さんに「冬優子色にしてくださいッッッ!!!!」と絶叫できる胆力はないので、「ビリー・アイリッシュみたいな色にしてください」と言いました。色が近いんですよね)。

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(ビリー・アイリッシュの髪の色です。ところで、僕は「bad guy」を聴いたときにカニエ・ウェストの「New Slaves」を聴いたときと同じような感慨を覚えて、というのは極限までソリッドに音数を絞りきることでグルーヴがはっきり見えるため純粋に「踊る」ことが意識されていると同時に白人女性(ポップス)と黒人男性(ヒップホップ)という対偶の交差点がギターサウンドやその他上モノではなくマッシヴなビートの一点に収斂する現象はかなり興味深いなと思いました。以上余談です)

 

 しかし、なぜ僕は「黛冬優子」というキャラクター(あえて「人格」と呼びません)にこうも激情を喚び起こされてしまうのか、ということから僕はこの1年逃げ回ってきました。もう決裂してしまった友人と毎晩毎晩3~4時間電話して、なんで俺こんなに冬優子のことが好きなんだろう、なんでたかがソシャゲのキャラにどうしようもなく感情を揺さぶられてしまうのだろう、と言いながらタバコを灰にし、涙を流しました。そうこうしているうちに、僕がまだ実家を離れてボロアパートで暮らしていたときに彼と話し込んでいて、彼は市川雛菜に熱を上げていました。彼は雛菜について13000字の怪文書を書き(思うのですが、ネットで最初の言葉の意味から離れて用いられる「怪文書」は、そんなにおかしなものでしょうか。蓮實重彦ジョン・フォードについて語り、絶句する瞬間には「怪文書」的な論理の亀裂があるように思われます)、それを僕は読みました。今だから言えますが、彼が本当の意味で素直に文章が書けたのはあれが最初で最後だったように思います。それぐらい、飾り気のない、しかし衒学趣味なところもあり、チャーミングな文章でした。そして、僕らは「シャニマス文芸同人誌をやろう」と気炎を上げ、名前を『SHINOGRAPHIA MET@PHYSICA』としたのです。もう僕を知っている人ならお分かりかもしれませんが、5月文フリに出す弊サークル「プロジェクト・メタフィジカ」の前身でした。シャイノグラフィア・メタフィジカはハードなサークルで(2名でしたが)書いては見せ書いては見せを繰り返し、文章を叩いていきました。僕は冬優子について書くつもりでした。が、プロットは延びに延び、構想では7万字を超えるものになっていましたが、3万字で挫折。その後一旦シャニマスから離れて大きく方向転換し、屋号を「プロジェクト・メタフィジカ」に変更。冬優子論の一部に大きく加筆訂正を加え、最初の記事をリリースしました。別媒体ですが成果物なので載せておきます。

復讐、永遠回帰:「アイドルでシコる」ことについてのベルサーニ/ニーチェ解釈|プロジェクト・メタフィジカ|note

 振り返って思うことは、僕は冬優子を見ていなかった。それはつまり、二次創作で足が太く描かれるとか、「あこふ死」(「あんたはここでふゆと死ぬのよ」。言ってない。あと僕はこのミームが大嫌いです)とか、「死体を埋めるのを手伝ってくれそう」とか、あとは「ストレイライトは平成仮面ライダー」とか、まあなんでもいいですが、そういう外圧に引っ張られ過ぎて、「そうじゃないものを書こう」と「狙い」を澄ませすぎたというのは確実にあると思います。だから、公式からの供給でさえも解釈違いを起こしてブチ切れる。Landing Pointはいい例でした。「俺の冬優子は安易にプロデューサーと指切りなんかしない」、一体何目線なんでしょう。「俺の冬優子」にこだわりすぎていました。徐々に氷が融けかけてきたところに、「まあ、今なら読めるかな……」と開いた『Run 4???』がストンと胸に落ちたとき、僕はようやく「黛冬優子」というキャラクターをひっくるめて愛することができるようになったのだと思います――それはこれからも続く道のりであるということも含みで。そして今こそ、「俺は、冬優子のここが好きだ」というしがないオタクの戯言を残しておくべきだと思いました。僕はPカップも走りません。CDは新譜を全部買ってるわけではありません。カードも限定配布のSRを持ってません(SSRは全部持ってるという自慢。ちなみにこれには訳があり、イベント期間中はブタ箱にいました。早く復刻してくれ)。それでも、WINGで流した涙は本物だと思っています。言葉が底に降りてきているうちに、なるべく素直な言葉で、この4周年かつ僕がゲームを始めて2周年という節目にゴミ溜めのような文章を書き置いておきたいと思います。精一杯冬優子のプレゼンをするので、気になった人はスマホにインストールするかブラウザで黛冬優子をプレイしてみてください。引っかからなくても、必ず「あなたの心にクリティカルヒット」(公式のキャッチコピー)する女の子がいるはずです。一緒にシャニ狂い(しゃにぐるい)ましょう。それでは、どうぞ。

 

・基本説明

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常に控えめな笑顔で、清楚に見える女の子。可愛いものが大好きで、周囲への気配りをするなど人に好かれるように振る舞う。専門学校1年生。【公式サイトより引用】

 公式サイトの説明文で「清楚に『見える』」と書かれている通り、冬優子は性格にかなりはっきりとコントラストがあります。しかし、腹黒というわけではなく、なぜ僕が冬優子に惹かれるのかの二大ポイントである「自尊心」と「職業倫理」(若干ニュアンスがズレますが、「プロ意識」と言われることの方が多いです。しかし、僕は冬優子に倫理を感じているので、あえて職業倫理と言います)の表れであると言うことができます。別に冬優子においてさほど重要なことだと僕は思っていないけどよく冬優子を語るときに出てくるワード(公式もかなりこれを強く押し出します)として「二面性」がありますが、別に誰だって二面性ぐらいあるし、冬優子は社会と折り合いをつける=大人になる上で「冬優子」ではなく「ふゆ」として生きることを選び、そして彼女は「ふゆ」も「冬優子」もそれぞれが大切にできる道を知っています。この点で愛依の「愛依サマ」とは明確に異なっており、愛依は「ウチ」のままでステージに上がることができないため「愛依サマ」にプロデューサーに促される形でなりますが、愛依はよくも悪くも冬優子のような自意識の衝迫がないため全てがなすがままだし、おそらく「あがり症(というより、愛依は場面緘黙症の方が近い気がしますが。同じだっけ?)」であろう彼女のコンプレックスは解消しているというより「逸らし」ているだけです。この愛依に存在しない自意識(特に「見られている」という)の介在が「冬優子」の存立要件であり、「ふゆ」の存立要件は「冬優子」なので、ウラオモテじゃない。全部一本の線で繋がっている自意識の鎖なんですね。これがかなり微妙な描き方をされているのがP-SSR【starring F】で、小さい頃から冬優子がその自意識のせいで損な思いをした結果今の人格形成がある、という見方もできるし、僕のしない「二面性」という観点で見れば社会性の必然性に迫られて「ふゆ」が表に出てきて(というか、表に出した方が「冬優子」にとって楽だと分かった。とも言えると思います。注意したいのは、「冬優子」が先で「ふゆ」が後、ではないということです。「冬優子」も「ふゆ」も根は同じなので、やはり自意識の芽生えと共に人格形成があったと見るべきでしょう)、リャンメンで「冬優子」と「ふゆ」が存在するという見方もあります。しかし、僕は後者の見方を取らないので、「一本の鎖」としての黛冬優子像を推したいと思います。

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(P-SSR【starring F】です。冬優子って三つ編みもするんですね。)

 話が逆になってしまった気がしますが、見た目の話をしましょう。髪の毛はおそらくツインテール(余談ですが、こういうタイプのツインテールってあんまり見ない気がします。横を二つに結んでて触角があり、後ろがそのままストンと落ちてる。結構ググったんですがこの髪型に名前はついていないようです)、163cmの55kg、78/59/81、出身地は茨城県。順番に見ていきましょうか。163cmは何気にデカい気がします。実はユニット内最高身長(愛依の方がデカく見えますが、愛依は162cmです)。そう言えばDARSコラボでも他ユニットメンツと並ぶとかなり存在感があったので、もし冬優子まんまの人物が実在したら163cmであの格好なので凄味があるかもしれません。僕が170cm(ということにしたいが、実際は169cmです)なので隣に並ばれるとキツいですね。ヒールなんて履かれたらたまったもんじゃありません(冬優子はヒール履かなさそうだけど)。まあ、それを言ったら咲耶とか確か170cmだったと思うので、シャニマスアイドルは女の子にしては皆身長高めかもしれません。月ノ美兎が言ってたけど果穂の身長は高山の性癖だろ。

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(DARSコラボ。冬優子デカいし全体的にパツパツ)

 加えて55kgとあります。55kgって、仮に身長を170cmの成人男性としてもちょっと痩せてるぐらいの体格です。桑山千雪が48kgというもはや何も信じられないこの世界ですが、背丈と合わせて鑑みても確実に質量を感じるこの重み。冬優子の重さは何由来なのでしょうか。B78なので胸ではない、H81は安産型だけどそんなにデカいわけではない、え、腹……?まあ、ここからは脱線ですが、「55kg」という情報だけ与えられてどこにどう自分の妄想を押しつけるかの結果、「太ももが太い(下半身デブ)」という二次創作が流行ったのでしょう。冬優子はスキニージーンズとか履かなさそうなので、スカートやキャミソールが合わなくて静かに涙を流したりするのでしょうか。僕はレディースブランドにはとんと疎いのですが、【ONSTAGE?】の白いワンピースの爽やかで可憐なイメージだと、僕はVALENTINOの2021SSに見られるパステルカラーと花柄の色使いなんかも似合うのではないかなと思います。冬優子って欧米体型なのかもしれん。VALENTINOはリアルクローズで見てるとBALENCIAGAみたいなオチャラケイメージが強いのですが、オートクチュールは好きですね。軽妙洒脱という表現がしっくりくる。

(P-SSR【ONSTAGE?】。ところで、これはコミュの話なんですけど、結局ロケってどこだったんでしょうね?海外だとすればイタリアですが、もしイタリアだったらストレイライトも大概ビッグな存在ですね。)


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(VALENTINO2021SS。空間の使い方がいいと思います。VALENTINOはまあ自分では着ないブランドですが、ランウェイは結構好きで見ます。)

 見た目ではなく設定の話になりますが、正直僕は茨城がどういう場所なのか分かっていません。マックスコーヒーの生産地(千葉だっけ?)、ガルパンの大洗、あと、あと何?(茨城県民の方すみません)冬優子は自宅通で寮に下宿をしていないことは【starring F】他のコミュからも明らかですが、仮に水戸駅聖蹟桜ヶ丘駅と考えると、

水戸駅常磐線品川行、上野東京ライン直通)→日暮里駅(山手線内回り)→新宿駅京王線高尾山口行)→聖蹟桜ヶ丘駅

で、3本乗り換えで3時間かかります。往復6時間。早入りのときとかどうしてるんでしょうね?まあ、僕の高校の時の部活の同期に箱根の近くから練馬まで来ていた奴とかいたんで、あんま珍しい話じゃないのかもしれませんが。大学入ってすぐ一緒にご飯食べた女の子は群馬から新幹線で大学通ってると聞いた思い出も。冬優子もアイドル以外の学生生活(専門学生って、なんの?という話題はオモシロnコマのアヴェンタドール氏もネタにしていましたが、ここではそれは置いておきます)の一限のために朝5時に起きたり、飲み会(※未成年です!冬優子はアサヒスーパードライも飲まないしセブンスターを1日1箱空けません!)で「ごめん!ふゆ明日早いからお先にドロンするね♡」と言って1次会の真ん中でハケたりするのでしょうか。まあ、冬優子が幸せならなんでもいいです。肝腎なのは、太ももが太いとか、アサヒスーパードライを飲むとか、最悪なのはボブ冬優子(冬優子は少ない例外を除いてあのツインテールがトレードマークです)みたいな「シャニマスをやっていなくてもイジれる要素」を二次創作からひとつまみして楽しむ態度とは一線を引く姿勢も必要なんじゃないかということです。プレイまでのハードルも、クリアのハードルも高いゲームですが、ゲームなのでやってなんぼ。まずはシャニマスをインストールし(ブラウザならすぐできます)、黛冬優子でWING攻略に挑戦してみましょう。

 

・1.じゃじゃ馬と呼ばないで――高すぎる自尊心と自己破砕

 ここからは冬優子についての内面の話になります。先ほども書いたように、僕が冬優子のことを好きな理由は「自尊心」と「(職業)倫理」の二点です。まずは黛冬優子の自尊心について若干ながら述べようと思います。

 冬優子は自らを高めるためなら手段を選びません。WING通常コミュ(プロデュースイベント)の「ワンダフルドリーミィデイズ」で「ふゆは、アイドルになれると思いますか?」とプロデューサーに問いかける冬優子は、それまで家庭の/クラスの「ふゆちゃん」であった自分=「ふゆ」であり「冬優子」から脱却したいと思っています。「アイドルって、みんなキラキラしてて、特別な存在しかなれない」と語る冬優子の目に映る景色はもちろん、「アイドル」になることです。やや余談ですが、「アイドル」というタームは冬優子のみならずストレイライトにとって他のアイドルと同じように重要な意味を持ちます。『Straylight.run()』で、どう見ても「やらせ」でしかないアイドルのオーディション(オーディションだったっけ。あさひが前の出番の女の子のダンスを完璧に真似して正当に評価されないくだりは覚えているのですが。菊地成孔流の自由連想法で書いているので、細部の間違いはご容赦ください)を前に冬優子は「こんなバカバカしい世界」と言います。「アイドル業界」なんて、真っ当なことがおよそ評価されないバカげた世界だという訳です。『WorldEnd:BreakDown』、『The Straylight』の過程で、ストレイライトは「互いに負けない、他に負けない」という価値観を獲得するに至ります。で、話は戻りますが、冬優子の勝負意識はあさひのそれとは違っていて、自意識が介入している。この先程から出てる「自意識」とはなんなんだという話ですが、これは「台本通りの茶番劇」「諦めたくないものは一つだけ」のプロデュースイベントに集約されていると言ってよいでしょう。つまり、ベテランカメラマンに「嘘の笑顔」と言われ、こてんぱんにこき下ろされる冬優子の逆上は(こんなこと、改めて言うまでもないのですが)「君は人をナメてかかっているよね?」という一生懸命作り上げてきた「ふゆ」の全否定だからで、しかも冬優子は確実に人をナメていたので図星なわけです。撮影現場で滅茶苦茶にブチ切れ倒し、挙句の果てに脱走。この辺は自我が未成熟な感じがしますね。その後戻ってきて、あの名シーンが来ます。「もう一度、アイドル、やりたい!」。ここで選択肢が出るのがこのゲームの大向うでありやってて辛いところなのですが、この辺は他ユニットですが樋口円香の「心臓を握る」で「身の程って現実でしょ」「怖い……」と漏らすシーンに似ています。両者ともに違った仕方でガチガチに自意識を固有のロジックで守ろうとしているんだけど、それが緩んだり崩壊したりする瞬間にドラマトゥルギーがある。これは実在の人物にも言えることで、普段外面をガッチリ作っている人ほどその外面が自意識の裏返しになっていて、それが何かの拍子に瓦解してしまう瞬間にその人のことを好きになったり嫌いになったりするわけですね。ここで「おかえり」を選択すると(まあどの選択肢でもヤバいですが)、冬優子は声にならない声をあげて泣き出します。僕はこのシーンをトパーズ冬優子で初めてやったとき、マジでゲロ吐くほど泣きました。自意識が強い人に弱いんですよね。

 この記事は1万字以内にしようと決めているのでちょっと急ぎ足で行きますが(何の配慮?)、冬優子の自尊心は「ふゆ」「冬優子」を可能ならしめている自意識にその存在がかかっています。自意識が強烈であればあるほど、「ふゆ」は硬直化するし、「冬優子」は意固地になる。逆に言えば、自意識を飼いならせる=自尊心をプラスに転化できる冬優子は「さぁ、幕を上げましょう!」でも、GRADのエンディングでも「あははっ、トーゼンでしょ!」と高笑いを上げて目の前の人々を「欺く」ことができる才能の持ち主です。その才覚があればこそ、ネガとして「何が本物の笑顔よ!んなもん知らないわよ!」と言って机を蹴り飛ばす(蹴り飛ばしてない)ヒステリーもまた存在するということです。そして、僕はそんな自意識からくるプライドが高すぎる冬優子を、愛してやまないのです。

 一点だけ短く触れておきます。Landing Pointにおける自惚れはWINGの最初のベテランカメラマンとのやりとりをなぞっているだけですが、GRADで見事「詐欺師」となりおおせた冬優子はその傲慢から同じ失敗をします。なので「次はない」と言っているわけですね。この辺は倫理の問題にも繋がってくる気がしますが、いかんせんLPはシナリオの出来が良くないと個人的に思っている(Pラブは二次創作だけでいい)のでここまでにしておきます。

 

・2.黛流のエチカ――「プロ意識」なのか?

 ここについてはあまり長くせずに簡潔に説明していこうと思います。

 『Run 4???』の大詰めで4周年記念のストレイライトのムービーでもピックアップされていた「嫌なのよ、ちゃんと、仕事をしないのは――」という冬優子の台詞に彼女の倫理観がよく表れているでしょう。「ちゃんと仕事をする」とはなんでしょう?恐らく、冬優子自身の定義で言うならば、「各々の持ち場で、各々が見せ場を作れるよう最善を尽くす」ことだと思います。『Run 4???』で自分のやりたい競技に出ると言ってかたくななあさひに業を煮やす冬優子に、安易に「プロ意識が高い」という形容を当てはめたくなる気持ちも分からないではありません。

 再度、「アイドルとは何か?」という問いに回帰したいと思います。これは僕の話ですが、AKB48に始まってTWICEに終わった僕の10年以上に亘る三次元アイドルオタクの経験を振り返ってみて、やはり「アイドルとは何か?」という問いが頭を擡げます。しかし、多少哲学などをかじっていれば分かるものですが、「とは何か」という問いに何か答えが出ることは期待できそうもない。遍在する問いの欠片を拾い集めるしかないのだと思います。私見では、アイドルの内在的な存在意義とは「自己プロデュースの底を割る」ことだと思っています。カメラに向けたウィンク一撃がテレビの液晶をブチ割る可能性がアイドルにあった時代を僕は知っています。それは例えば柏木由紀であったり、新井ひとみであったり、佐々木彩夏であったり、色々なアイドルが自分がどう輝くのかの計算を超え出て「底が割れる」瞬間を見せてくれました。冬優子は、「自分(たち)がどう輝くか」についてはプロパーであった=倫理的であったけれども、「割れる」瞬間については「仕事をしないこと」だと思っていた。これはちょっといやらしい言い回しをすると超道徳的な問題です。そこの背中を押すのが愛依で、冬優子の魅力であり欠点であるエシカルな部分を「いいんじゃね?」の一言で「良い」ことにしてしまう。「アハハ~」botじゃなかったわけです。迎えるクライマックスは、出来の良いオペラ・ブッファのよう。『Run 4???』で示されるストレイライトの、そして黛冬優子の新たなブレイクスルーは「底が割れる瞬間」を直視すること=アイドルの超道徳性を我が物にすること、だったと言えるでしょう。

(拾い画で小さいですが、いいですよね~、この画面(水野晴郎)。)

 

・おわりに

 ギリギリ目標字数以内で終わりそうで安心しています。毎朝8時に起きてフランス語の勉強しなきゃいけないのに深夜1時前です。

 恐らくここまで(とはいえ全部を言語化できたわけではまったくないのですが)冬優子について抽象度が高く、かつディテールを絞って書かれたものはないのではないかと自負しています。多くのシャニマス考察記事が考察と銘打っておきながら自分のツイートを貼り付けただけのものだったりとか、スクショをペタペタ貼って中身スカスカとか、そんなんばっかりだったので自分がこういう記事を読みたいな~と思って書きました。僕が冬優子についてようやく(ようやく、です。初めてプレイしたときから1年半も経ってしまいました)ある程度筋道立てて書けるようになったのは時間のおかげというのもありますが、同人やブログで精力的に文章を書くことをやめなかったからだと思います。というか、三次元から考えると「推しを言語化する」ことができるようになったのに12年かかったのですね。ちょっと気が遠くなります。ずっと手が届かなかった冬優子のところに、少しだけ手が届いたような気がします。

 

 最後に、アイドルマスターシャイニーカラーズをよろしくお願いします。シャニマス友達いないので、この記事読んで友達になってもいいよって方いらっしゃったらTwitterまで連絡をください。幕張メッセでコーラで乾杯しましょう。

 

 では、ごきげんよう

 

君がバーボンと煙の味を知る頃に――Ado論

・序――葛藤なき=負い目なき痛みの歌姫

 フレディ・マーキュリ―のヘルメスマイクがライブ・エイドの会場を沸かせたとき、よもやその30年後のウェンブリースタジアムの上空を韓国の「アイドル」グループ、BTSのジョングクが舞うことになるなどとは誰も思いもよらなかっただろう。韓国で今最も煌びやかでリュクスな7人組は年末の歌謡祭でハイブランドを纏って現れ――グッチを着たTWICEのモモもハイブランドとスターのマリアージュを代表する好例だろう――ステージの彼らは100人、いや200人以上のバックダンサーを引き連れて歌い踊る。「世界が憧れるポップ・イコン/ロック・スター」はもはや自分たちで楽曲を作り、演奏し、歌うというわけではなくなった。「お仕着せ」を我が物にできる者こそキング・オブ・ポップ、さてここで僕が繰り出すのは14歳で「歌ってみた」をインターネットの荒波にドロップし、今年ようやく酒と煙の味を知る年端もゆかない少女のことだ。彼女の厚く濃く太い歌声はときに「魂を揺さぶり」、「恩寵を受けている」と言うに如かないものだ。ところが、彼女の歌声からは魂を「奪われている」。誰に?神に奪われているのだ。スカスカの器のまま彼女は命を燃やす。「あの記憶も/この制裁も/お前らのせいだ/お前らのせいだ」と「お仕着せ」の曲を自らの臓腑を吐き出すようにして我が物にしていく彼女はどこか痛々しい。このダメージこそが現代の痛み(「若者の」ではない)であり、空虚であることの苦し気な充溢に他ならない。


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 彼女の名前はAdoという。Adoは常に単一で、引き裂かれがない。つまり、どんなに苦しく痛々しい歌を歌っても、「歌えない」という葛藤がないのだ。フレディ・マーキュリ―がライブ・エイドで「We Are The Champion」をオクターブ下で歌うとき、その「歌えなさ」は引き裂かれとしてなんと美しいことだろう。ここでは「歌えない」ということさえもがフレディの結界のうちだからだ。Adoが「歌えない」とき、それは後ほど述べる「シル・ヴ・プレジデント」のような「オンナノコ」を要請する楽曲を歌うときであり、その「歌えなさ」はいわば分裂ではなくて敗北である。Adoはマイクラ配信をしようと、テレビのインタビューにモニター越しに出演しようと、力の限り「あなたが思うより健康です」と歌おうが、Adoのままである。それは確固たるアイデンティティが――フレディのように――あるというわけでもなく、あるいは「Euphoria」で天空を舞うジョングクよろしく「アイドル」のきらめきを放つわけでもなく、顔を隠されたアノニマス=「クラスのあの子が、もしかしたらAdoかもしれない」という「誰でもよさ」の上に成り立つ新時代の「痛み」を引き受けた来たるべきポップ・イコンこそがAdoなのである。これは「論」と銘打たれてはいるが、批評でも論考でもなくただの僕のAdoへの想いが高じた一種のラブレターだ。あるときはロックンロールを、あるときはファッションを引いて彼女について理屈をこねるが、冒頭に言っておいてしまおう。そんなことはどうでもいいのだ。Adoの歌の純粋さは、神が嫉妬する純粋さである。今年で弱冠20歳という彼女に、この長ったらしい批評もどきを捧げることにしよう。

 第一章は「「声」と「敗北の世代」」と題し、ティーンエイジャーにとって(あるいは97年生の僕にとって)Adoの歌が魂を揺さぶる歌の形式としての「ロックンロール」ないしは「ブルース」であることについて銀杏BOYZを引きながら考えたい。僕らの世代であれば学校の給食時間に誰かが『DOOR』か『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』を持ってきて「BABY BABY」や「夢で逢えたら」を流していたわけで(「彼女は綾波レイが好き」をかけて問題になったことももちろんある。あるよね?)、多分今の子たちは黙食の時間に「うっせぇわ」をかけているのだろう(かなりシュール)。Adoにおよそ似ても似つかない「ロックンロール」あるいは「ブルース」という言葉を間接証明的に当てはめ、僕ら(つまり、クラスで音楽通ぶって、友達の家にCDを大量に持って行ってギターの音の違いにイキっていた僕ら)にとって銀杏BOYZがあったように、彼らにとっても共通言語/コンテクストである「ロックンロール」としてのAdoがあるのではないかという見立てをシングルカット楽曲から検討する。

 第二章は「起源なき起源の抹消、あるいは篭絡するモード」という題で、もう少し前章よりコンセプチュアルな話をする。Adoは顔出しなしのアーティストであることは言うまでもないことだが(Vtuberによくある話だが、文化祭か何かの写真が上がってはいる)、これは歌手によく見受けられる現象であると同時に――GReeeeNなどの醜悪な例もあるが、それに比べればAdoは一部の例を除いて遥かに審美的である――ファッションデザイナーに見られる事象である。言わずと知れたかの有名なマルタン・マルジェラはもちろんのこと、初期のラフ・シモンズも(恐らくマルジェラの影響で)顔出しなしだった。AdoのイメージピクチャーやMVに見られる「ちぐはぐな」「Ado像」は、それぞれの「Ado」を歌で縫合するのではなく歌解体してしまう。それは月ノ美兎が『月の兎はヴァーチュアルの夢を見る』でバラバラの作曲陣を彼女のコケティッシュが強引にまとめあげてしまったのとは対照的に、Adoは「顔なし」のいびつさで作曲家ごとの世界観を渡り歩く。結果的に立ち現れるAdoの歌は、特徴的なグロウル(がなり)、伸びやかなヴィブラートといったテクニックが表層でしかないことを逆説的に証明する。マルジェラの作品が(ショーやアーカイヴであっても)絶えず本質から逃れ続けるのと同様に、Adoの歌も「ロックンロール」でありながら「顔なし」で演じられるパントマイムとして本質から遁走する。月ノ美兎が「ひとりの女/ひとつのカオス」と歌うことで「月ノ美兎」を時間に刻印するのに対し、Adoは「私が俗に言う天才です」と歌おうが「アンダスタン」と歌おうが「半端ならK.O.」と歌おうが、「Ado」を歌ったことにならない――この章で語るAdoの空虚さこそが「ロックンロール」であり「ポップ・イコン」の根拠なのだが――のがその決定的な差異を印付けている。Adoとマルジェラにおける「抹消された起源」と空虚であることの逆説的な充溢についてAdoの「歌いました」(「歌ってみた」)とアリソン・ジルによるデリダ/マルジェラ論も参照しながら、Adoのポップネスとファッションのモードを探る。

 第三章は「「ヘイ、ミスター」――飼い殺しの狂犬:『狂言』レビュー」である。2022年1月26日に発表されたファーストアルバム『狂言』ではシングルカットに加え7曲のアルバム曲という充実の内容だが、問題はAdo(とそのファンの多く)が「Z世代」と呼ばれるインターネット・ネイティブであり、サブスクリプション全盛の世代にやってきたアーティストである点だ。岡村靖幸が『幸福』(2016年)のドロップで完全にサブスクに適応し、一方上に挙げた銀杏BOYZはサブスク展開の一方「GOD SAVE THE わーるど」の12インチのカップリングに「MajiでKoiする5秒前」のカバーと表題曲のリミックスをつけて発売するなど現在でもアナログに対する売り手側の熱意が伝わってくる。Adoは今回のCDアルバムという形態――原理的にループもシャッフルもない「閉じない円環」――においていかなる成果を見せるのか、上二章では取り上げなかったアルバム曲を中心に思うところを述べてみたい。

 というわけで、「聴き手にとってAdoは何者か」(ロックンローラーである)、「シーンにとってAdoはいかなる現象か」(モードである)、「Adoは世代を媒体によって自負しているのか」(これはアルバムを聴いたうえでも判断しかねる)、の三層構造で僕と一緒にAdoの迷宮を彷徨ってもらおうという魂胆である。Adoが「空虚なボカロ・ポップス」であるとしたら、僕は先程この文章を書きながらタバコを吸っていて彼女の4月4日のライブに行こうと決心などしないはずなのである。それはAdoの「千本桜」カバーを聴けばたちどころに分かる。音楽に不滅があるとして――ベートーヴェンの作品111、バッハのゴルトベルク変奏曲モーツァルトのレクイエム、なんでもいい――「千本桜」は悪ふざけのクリシェ以上のものとして後世には残らないであろうという意味で、インターネットにこびりついて消えなくなってしまったオタクの汗の染みでしかなかった。ましてや、(Adoが多くのボカロPによってコンポジションされているという事実を踏まえるにしても)元々機械が歌うために書かれた曲を人間が歌うとここまで醜悪になってしまうのか、という残酷な驚きがあった。Adoの真の空虚はもっと他のところにある。「酒が空いたグラスあればすぐに注ぎなさい」「皆がつまみやすいように串外しなさい」と何も知らない少女――アルコールの味も、ニコチンの快楽も知らない少女(「飲まなきゃその明日すらもねぇんだよ」、なのに彼女はバーボンの味を知らない!)――が力いっぱい歌うその様に迸る偶像としての生を、僕はあえてここに言祝ごう。――ねぇ、あんたわかっちゃいない!

 

・第一章――「声」と「敗北の世代」

 やや話は遡って、90年代の洋楽ロックは文字通り「ロックンロール」の復興だったというありもしない過去への郷愁からAdoへと流れ込んでいこうと思う。1994年に銃で自死したことによってファンタスムとしての(イデオロギーとしての)ロックを殺したカート・コバーンが弾く「Smells Like Teen Spirit」のリフは適当にフレットを押さえていただけだからそのときごとに微妙に違ったし、痩せぎすのジョニー・グリーンウッドが力まかせに一発かます「Creep」の「ガコッ」という無骨でむきだしの鉄骨のようなギターの音は、その後『スピッツ論』の伏見瞬が「ピクシーズジェフ・バックリーとDJシャドウとマイルス・デイヴィスオリヴィエ・メシアンを混ぜ合わせ」たと評するレディオヘッドサウンドメイキングからは遠く離れて「誰でも弾ける(Anyone can plays the guitar)」ギターの一撃として永遠のエポック・メイキングになっている。僕も友達の家でギターを見つけるとむちゃくちゃにフレットを押さえて決まってレッド・ツェッペリンの「Kasimir」を弾いた。ましてやファズやディストーションでひずんだギターは、「声」としての役割を持っていた。ジミー・ペイジの大してうまくもないギターがいつまでも輝いているのは、それが今なおリスナーの心に直接語りかけてくるからだ。だから、ロックンロールのギターは叫びであり、慰めであり、語りであり、悲しみである。「While my guitar gently weeps」と歌ったビートルズの「すすり泣く」ギターは、比喩でもなんでもないのである。

 2007年に初音ミクが登場すると、「声」としてのギターサウンドの特権性は失効してしまうに至る。楽器が弾けなくてもDTMができればギターもベースも(ボーカロイド登場以後の目覚ましい楽曲の変化にベースラインの複雑化が挙げられるだろう)ドラムも打ち込みでできるようになり、楽曲のBPMとピッチは人間には到達不可能な速度と高さに達する。「歌ってみた」文化の勃興は「声」のシンギュラリティに対する人類の前向きな敗北だったと言ってよいだろう。人間を模した人工音声を人間が模すという一種の倒錯は、ちょうど僕(97年生)から少し下、ギリギリ高校までスマホを持っていなかった世代(つまり、家のダイヤルアップ接続でLANケーブルを引いたパソコンでニコニコ動画を鑑賞し、違法ダウンロードしたYoutubeの音源をCD-Rに焼いて学校の友達と交換していた世代)が抱える共同幻想であった。そんな中、Adoは「うっせぇわ」でメジャーデビューする以前に「君の体温」で「歌ってみた」活動を始めていたのだから、彼女は「声のシンギュラリティ戦争」の「敗戦後」の子どもなのである。

 彼女にとって「声」はボーカロイドであり、曲のBPMはどれも速く、歌詞は冷笑的か浅薄な死生観を歌ったものが当たり前で、ギターも、ベースも、ドラムも、事実上存在しないところから自分の「声」を創作しなければならなかった。いや、彼女は自分の「声」をまだ知らない(し、恐らく今後も知ることはない)。ツイキャスカラオケ配信で歌う「ダーリンダンス」の走るテンポ、不安定なピッチはエディット済みの音源よりもずっとチャーミングである。彼女の脳内で反響する「声」はボーカロイドのそれであり、人間やブルースのギターのファズ一発ではない。


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 この奇妙な隔たりを認識してなおAdoが「ニューエラロックンローラー」であると言うことができるとしたら(「絶対絶対現代の代弁者は私やろがい」と歌うAdoに熱狂する者も、眉を顰める者も等しくAdoの――繰り返すが作詞作曲のsyudouではなく――術中にはまっているのである)、彼女は彼女自身のカリスマとヴィルトゥオジティの悪魔に呑まれて空虚な記号になっている=Adoの「声」は「少し聴いただけでAdoと分かる」が故に「誰の声でもいい程度のうまさと符牒性がある」というある種のスティグマを背負っているが故だと言えるだろう。実際、Adoのシングルカット楽曲はほとんどが(「うっせぇわ」「ギラギラ」などのメッセージ性の強い楽曲を除いて)歌詞が言葉というより「音」である(声が楽器として扱われている)。Youtube再生回数1億回越えのメガヒット「踊」はその典型例だが、トラップ調の楽曲は徹底してAdoに寄り添おうとしない。Adoは曲を自分のものにできていないが故にスティグマを印付けられるのではなく、「何を歌ってもAdoにしかならない(が、Ado以外が歌っても「同じ歌」になる)」というスティグマを歌詞と音楽が浮き彫りにするのである。「塞ぎ込んで舌鋒絶頂へ/合図を奏でて prr prr prr prr yeah/ほら集まって夜行だ 鳴いて行こう」という押韻以外の何の意味も持たないリリックにAdoである必然性はあるだろうか?どんなにうまいギタリストが「Stairway to Heaven」のリフを弾いてみたところで、ジミー・ペイジのヨレヨレのギターには敵わないのとは真逆なのである。Adoの「ニューエラ」性はまさにここにある。つまり、交換可能な(取り返しのつく)高度な遊戯に魂を賭けない軽やかさがまさに同時代的な「スター」なのである、と。言い換えれば、聴き手に魂を賭けることを要求しないが故に(かつシンギュラリティの孤児であるという事実を見ないふりもできる)、「お好みでどうぞ」と歌う彼女の姿に新たなカリスマの可能性があるのかもしれない。


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 そんなわけで僕はAdoに「一周回って順張り」の好きになり方をしているのだが――強いて言えば「会いたくて」のようなどうしようもないメロドラマではなくお洒落なラヴ・ソングを歌ってほしいと思っているのだが――僕らの世代のロック小僧には大きく分けて二つのルートが存在していたという話をさせてほしい。一つは銀杏BOYZの例の二枚のアルバム(『光の中に立っていてね』『BEACH』のリリースは2014年1月なので、僕の中学時代の思い出とは被らない)を無限に聴いているイケてないやつら(僕も含む)で、もう一つはRADWIMPSをカラオケで歌う陽キャである。RADは実は当時僕も聴いていたが、実際『絶体絶命』までのRADは冷たく鋭いサウンドが特徴的で今のような体たらくではなかったし、巷間言われるほど悪いバンドではないと思っている(新海と組んで以後と、野田洋次郎人間性は終わっている)。しかし、僕は銀杏を聴いていることがプライドだった。峯田じゃなければダメだったのだ。あれから10年以上が過ぎ、僕は「MajiでKoiする5秒前」を聴いた。広末涼子の原曲を聴いたことはなかったが、勉強を終えた喫茶店からの帰り道、誰もいない夜の住宅街で鳴り響いたギターに、中学時代を思い出して目が潤んだ。「魂を賭けるも賭けないも、どうぞお好みで」と可逆的な記号性のスティグマによって「ロックスター」になったAdoに対して、峯田は広末涼子だろうが、クリープハイプだろうが魂を賭ける。『きれいなひとりぼっちたち』であまたのアーティストによって銀杏の楽曲がカバーされようとも(出色の出来だったミツメの「駆け抜けて性春」でさえもが)、峯田の魂の体臭にこらえきれず、聴き手は音楽と不可逆的かつ交換不可能に刺し違える。


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 それでは、Adoは空虚で――第二章で述べるように、確かに彼女はある種の空虚さをまとっているのだが、それは一般的な意味での空虚ではない――銀杏BOYZ峯田和伸)は本質的である、Adoは時代の要請に応えて登場して祀り上げられた御神輿に過ぎず、銀杏BOYZは魂を賭けているが故に不滅なのだ、と言い切ることが正しいのかと言われると、僕は理屈よりも先に首をかしげてしまう。「お前の魂を賭けろ」と首根っこを掴む峯田(のようなアーティスト)に、「僕ら」――「彼ら」はなることができない。魂を賭ける「声」を発することができる人間は一握りで、それは才能というよりも狂気の領域である(参考までに言えば、毛皮のマリーズドレスコーズの志摩遼平はAdoに近いものがある。Adoも志摩も、魂を使い切ることなく――適度なベットをしながらのゲームのやりくりに長けていると言った方がよいだろうか――「ロックンロール・スター」としての偶像を打ち立てることに成功している。両者の違いは楽器を自分でプレイするかどうかである)。「魂を賭けるも賭けないも、どうぞお好みで」と聴き手の欲する「Ado像」を変幻自在のヴォーカルでカメレオンのように乗りこなすAdoは、いかにもしなやかで、強靭で、そしてロック小僧にもマイルドヤンキーにもなれない「彼ら」は布団の中で、教室の隅で、こう思う――Adoになりたい!それはフェティッシュでもなんでもなく、ロックンロール・スターへの憧憬と寸分たがわず一致するのである。いくらAdoがそのセンセーショナルなデビュー曲で「一切合切凡庸な/あなたじゃ分からないかもね」と「ギザギザハートの子守歌」のオマージュを歌いあげ、それを知らない一定の人々からの顰蹙を買ったからといって、それを意にも介さず(?)昨年末の日本レコード大賞のメドレーの最後で「うっせぇわ」をキラー・チューンとして昇華させるAdoは紛れもなく「スター」であり「カッコイイ」シンガーだった――ボカロが音楽の原体験である世代の憧れとしては十分すぎるほどのポジティヴな空虚こそ、彼女のスター性なのである。

 Adoが魅力的である理由、それは「メッセージ性」とか「魂」とか言われるものを置き去りにして(彼女は魂を込めて歌っているのだろうが、それにも関わらず)時代の風速に飛び乗って勢いよく「ギターの音がさあ……」などと語る「老害」の間をすっ飛んでいくからだ。Adoはスカスカであるが故に軽い。何も背負わせないから何も背負わない(し、教室の隅で「うっせぇわ」を聴く中学生の味方をAdoはしない)。Adoは誰のものでもない。それはちょうど、銀杏やRADWIMPSが「思い出」や「世代」によってある種の「所有」を余儀なくされてしまったように――「MajiでKoiする5秒前」を聴いて中学時代を思い出し、涙する態度が所有でなくてなんであろう――、「失われた」という形で回顧されることによってしか現前し得ない「声」としてのギターのファズやディストーションが「われらのもの」であるのとは対照的なものとして、Adoは「どこにでもありそう」であるが故に「誰のものでもない」という無-世代性がパラドキシカルにこれからの世代を形作っていく。「声」は今やギターサウンドでもパンクロッカーの魂の叫びでも、そしてボーカロイドの打ち込み音声でもないのだ。時代意識を作り、時代意識と共にあり、世代を形成するのは、「私でも歌えそう」だけど「絶対に歌えない」憧れのあの人の「声」――つまり、ニューエラロックンローラーとしてのAdoの「声」なのである。

 

・第二章――起源なき起源の抹消、あるいは篭絡するモード

 前章では要するに「Adoはカッコいいんだ」という話を彼女の「空虚」(つまり、「カッコよさ」の要件は本質的でなければならないという要請に対するパラドックス)を起算点にして述べてみたが、歌手ないしアーティストが必然的に求められるヴィジュアルについては意図的に言及していなかった。何をもって「カッコイイ」とするかは結局人によると言ってしまっては軟着陸に過ぎるだろうが、しかし例えばクリーム期のクラプトンにシビれる!という人がUVERworldTAKUYA∞にもビンビン感じてしまうということは(いないという訳ではないだろうが)少ないということは容易に想像がつくし、薄汚れた渋谷のライブハウスで法律スレスレの地下女児アイドルのライブと物販に足しげく通うオタクが隣のクラブで踊るギャルに熱を同じく上げるということもまた、想像しがたい事態ではある。要は、欲望の回路というものは恐らく人間が自分で思うほど複雑にできていない。またしても精神分析の謂を引くならば、自分で自分の欲望が分からないとき欲望は自分で充足するが(自体愛)、他者の領野に入ると主体は他者の欲望を欲望するというラカンが提示したこの普遍的なテーゼは、憧れや「カッコイイ」の対象にも当てはまる。欲望の対象(ギターを弾くクラプトンや、幼女)を欲望する手立ては他者の介入をおいて他にない(=欲望が近似した他者しか他者と認識できず、まったく接点がない他者は他者ではなく単なる外部である)。ましてや、対象が「見えない」のであればなおのことである。

 ある時期までのまさしくモード・ファッションの寵児であるマルタン・マルジェラは「「可能な限り自らの作品から消え去る」ことによって、ブランドの背後にその名を置かれることを拒否することによって「匿名のデザイナー」と呼ばれてきた」(アリソン・ジル「抹消記号下のファッション」小林嶺一訳、アニェス・ロカモラ/アネケ・スメリク編著『ファッションと哲学』所収、フィルムアート社、2018年、404頁)とアリソン・ジルがカート・デボを引いて書きつけたように、徹底して公の場に姿を現そうとはしなかった。有名なカレンダーのようなプリントがしてあるタグは可能な限り簡潔で、マルジェラほど「デザイナーの不在」がそのまま製作され発表される衣服の現前性とオリジナリティを浮き彫りにしたメゾンもそうそうないだろう。最近では『We Margiela』に続く本人の肉声入りのドキュメンタリーが公開されて話題を呼んだ。デザイナーとしての誕生から「モードに殺された」母親を追っての自死を描く悲痛なドキュメンタリー『マックイーン:モードの反逆児』で、タバコを吸いながらハイテンションでまくしたてる神経症者・アレックスとは違い、「マルジェラが語るマルジェラ」のトーンは穏やかである。マルタンは自分のブランドの持つ非-符牒性が符牒であることに、ゆっくりと絶望しつつあるように聞こえた。

 マルジェラは「反本物主義」(とでも言えばよいだろうか)の徹底によって、それが逆に物質としての衣服の互換不可能性を強調していた。GIVENCHYFENDILOEWEを擁するLVMHがメゾンを駆逐し職人の手作業とデザイナーのひらめきがブランドのマニファクチュアライズによって圧殺される=「ハイブランドを身につけている『アナタ』をご提供」する一方で、マルジェラは徹底して――「ディーゼル・マルジェラ」のことを平川武治は「ラーメン屋のラーメンじゃなくて、ファミレスのラーメン」と簡単に評してしまったが――「ラグジュアリー」な括弧つきの「本物」を拒否し続けていた(これにはマルジェラがエルメスで修行していたという事実も関係している)。「坂道」グループ(乃木坂46、櫻坂46など)の若いオタクが揃ってバレンシアガのキャップとブルゾンを着用し、ハイブランドスニーカーで連帯を保証しあったりするのに対してメゾン・マルタン・マルジェラを「マルタン」と呼ぶ人々は群れない。一点物の本人がプロデュースした「アーカイブ」と呼ばれるコレクションにはいくらでもお金をかけ、古着屋を駆けずり回ってマニア垂涎のアイテムを手に入れようと躍起になる。マルジェラのコレクションはどれも江湖に知られるところではあるだろうが、「異素材ライダース」や97-98AWのコットンドレスはその典型例だろう――彼は素材を切り刻み、逆方向に貼り付け、ミスをそのままにし、既製品と既製品を縫い付けて店頭に並べる。「レディメイド」だ。

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 Adoのリスナーとマルジェラの購買層が被っているのかどうかは知る由もないが、とりあえず両者に安易な共通点など見出せそうもないことは明らかだろう。とはいえ、糸口がまったくないわけではない。Adoは、ヴィジュアル面において「誰か」に「責任をなすりつけている」。その「誰か」というのは、青いインナーカラーのロングヘア―でスーツを纏ったアバターの「Ado」であり、目つきが悪くロングバレットライフルを振り回す「うっせぇわちゃん」であり、四等身にデフォルメされた「阿修羅ちゃん」であり、顔に縫い目がある「ギラギラちゃん」である。彼女の歌のYoutubeのコメント欄――「授業中に脳内でこの曲が無限リピートする!」という文字列がいかにも眩しい――でよく見かける「画面の子が歌っているみたい」式の言及は、Adoがあずかり知らず、そしてGReeeeNMAN WITH A MISSIONとははるか遠く隔たって美しい「歌=記名」の所在の責任転嫁である。前章で示した「交換可能性」はこの「責任転嫁」=「蓋絵次第でどうとでも受け取れてしまう」という軽率なまでの「名づけ=名指し」を拒否する態度の審美性であり、「私が歌っている」という銘記を絶えず免れることでその非-銘記がかえってAdoの「Ado像」をちぐはぐな形で浮き彫りにする。それは「歌ってみた」を「歌いました」と恥ずかし気に表記する彼女のボカロカバーにしても同じであり、鬼のような形相の「ボッカデラベリタ」にせよ黒い髪の少女が佇む「君の体温」にせよ、彼女は自らのオリジナルを抹消しながら痕跡のみをYoutubeに、サブスクリプションに残していく――フィジカルとしての(もはや現在無意味なDVD特典付きの)CDでさえもが、AKB48式に「1枚」の意味が溶解するシミュラークルにすぎないのである。この「記号(絵、あるいはテロップ/ブランドの名前)が先か、現象(歌/衣服)が先か」という問いは、ここに至ってAdoとマルジェラの間の虚焦点の彼方に置き去りにされてしまうことになる。なぜなら、Adoもマルジェラも記号と現象の「オリジナル」など存在しないことが新たな「オリジナル」だからだ。言い換えれば、両者には共通して「本質」がない。徹底して空洞であることが逆説的にブランドを保証する。顔のない歌手、顔のないデザイナーが、手を変え品を変え消費者の目の前で狐のように己の姿を化かす。マルジェラがモード足り得た理由がまさにその「レディメイド」性にあったように、Adoがあえて「モード」であると言うとするならば彼女自身がオリジナルなき(オリジナルを自らが抹消していく)痕跡の「オーダーメイドのブランド身につけ威張」ることのない/できない「レディメイド」なのである。

 ひとつ、マルジェラの精神を象徴するかのような(そして「顔のない」という符牒で安易にもAdoとの連関を想起させるような)ショーを紹介しよう。メゾン・マルタン・マルジェラ創立20周年であり、マルタン・マルジェラがデザイナーから退く最後のシーズンとなった2009SSのランウェイである。


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 マルジェラはこのショーで衣服のペルソナとでも言うべき、オートクチュールにおける、「この服はノット・リアル・クローズでありながら服としての機能性を持っていますよ」という肉としてのモデルによる衣服の人格の宣言をいともたやすく放棄してしまっている。音楽ということだけで言っても、ショーのエンディングにおける陳腐にも聞こえるマーチによる安っぽい祝祭感は、例えばエディ・スリマンがサンローランのランウェイでアークティック・モンキーズを起用するようなロックとショーの融合であろうが、カール・ラガーフェルド御大が率いるシャネルがロネッツやマッドネスをランウェイのBGMに選ぶ美意識であろうが、ラグジュアリーブランドの感性からは遠く隔たっている。アレクサンダー・マックイーンのヘンデルサラバンドでさえ、マルジェラの一種グロテスクなカオナシの行進曲よりかは「発狂した中世」(菊地成孔)のヴィジョンとしてあまりに豊かすぎるのである。マルジェラの注意深さであればそれもまた彼の術中というわけなのだろうが、顔を奪われたモデルたちは「無という全称」がかわるがわるコレクションを着替えているようにも見える。すっぽりと顔をタイツで覆われているモデルもいれば、大きい毛玉のような被り物で顔を隠しているモデルもいる。彼ら彼女らの衣服はどれも継ぎ接ぎであったり、中に縫い込まれているボタンがボディ・モディフィケーション身体改造。肉体の中に金属を埋め込んだり、舌や耳、鼻を切り取る加工を行う一種の整形作業のこと)のように盛り上がったりしていて、「マルジェラらしい」コレクションはどれも身体の自然な美しさを見せるというよりも、衣服を身体の形に切り取る、即ち衣服がモデル(/リアル・クローズで着る消費者)を得て「受肉」するかのような印象を与える。

 この「無という全称」が「受肉」する現象は、Adoが他の歌い手やVtuberにカバーされる際、あるいはAdo自身のボカロ曲のカバーに顕著だろう。Adoを考える上でこの「カバー」問題は重要である。前章で「Adoでならなくてはならないが、Adoでなくてもよい(私はAdoになりたいしなれそうなものだが、決してAdoになることはできない)」というパラドックスについて書いたが、Adoはプロ(つまり、CDを出して、ライブをして、お金をリスナーから取る)としては異例の量でボカロ曲をYoutubeに上げている。また、ボカロ人気から考えても自然なことだが、歌い手やVtuberによるAdoの楽曲の「歌ってみた」も数多い。これは彼女のキャリア(「君の体温」の「歌ってみた」の投稿でインターネットに肉声を乗せ、ボカロPのくじらとのコラボ「金木犀」で注目された)とコンポジションの面々を形成する上でも非常に重要であり、またAdoのパラドックスにおいても意味を持つ。「ギターもベースも弾けない、ドラムも叩けない、歌も下手」だけど音楽をやりたいと思うアマチュアに訪れた天啓こそ初音ミクであり、DTMであった(無論できるに越したことはない)。70年代後半のロンドンあるいはニューヨークでレザーパンツとライダースを着てギターを持ち、パワーコードを押さえてジャーンと弾くところから80年代になるとアフロ・アメリカンはサンプラーを買ってなんでもかんでもサンプリングして、「Dig」(レコードを掘る)の文化が生まれた。なんなら『8mile』のエミネムに電撃を受けてサイファーを始める若者でもいい。初音ミクはそういうアマチュアの魂であり、「誰でもできそう」なところに魅力があった。「歌い手」がわざわざ自分の蓋絵を作り(「名乗り=記名」である)、雨後の筍のごとく「歌ってみた」を自分で編集してアップロードしていたのはもちろんその延長線上である。というか、Vtuberにせよ「ニコ生」にせよ、ゼロ年代後半以降のネット文化はアマチュアの共同戦線によって保たれていたと言うべきだろう。「音MAD」(「例のアレ」タグの勃興は良きにつけ悪しきにつけネットのアマチュアイズムの新陳代謝をいささか早めすぎてしまったようにも見えるが)にせよ同じことが言える。

 そんな中、Adoはテロリストと言ってよい。「歌ってみた」=記名性による有象無象の「お遊び」にプロフェッショナルと技巧性を持ち込み、一躍文字通り「令和の歌姫」へと上り詰めてしまったのだから。ここで重要なのは、原理的にはAdoも「お遊び」の延長線上にあることなのだが、この原理を「カオナシ」の「無という全称」としてのAdoは「恋は戦争」に、「ブラック★ロックシューター」に、「乙女解剖」に「受肉」させることによって痕跡としてしか表象されない「オリジナル」(=人間が歌っている「かのような」初音ミクの声)を抹消し、その上に彼女はAdoという新たな「オリジナル」を書きかえる。これは奇しくも、マルジェラが顔にすっぽりとタイツを被せてしまって衣服が「誰か(quelqu'un)」によって「着られている」という事実のみをともすればチープなやり方/「ラグジュアリー」に対するアンチテーゼで提示することで衣服に「メゾン・マルタン・マルジェラ」をアンチ・キャピタリズムのもとで「受肉」させていたのと点対称になるような形で、Adoは「誰か」=大きな意味での〈初音ミク〉によって「歌われていた」、あるいは有象無象の記名によって「歌ってみた」されていた歌にメジャー・レーベルの資本主義とヴィルトゥオジティによってAdo自らを「受肉」「させられている」という事実が浮き彫りになる。ドスの効いた声で歌われる彼女の「歌いました」ディスコグラフィの中でも出色の出来である「うみなおし」、序章でも引用した(「うっせぇわ」のsyudouが手掛ける)「コールボーイ」の圧倒的な表現力は、それ自体が「無」=「空虚」、即ち抹消記号なのではない。抹消記号の下にある「抹消された起源」(オリジンとしての〈初音ミク〉)が喚起する記憶――たとえ初音ミクを聴いたことがなくとも、彼女の歌声に人間離れした低い温度と乾ききった湿度を聴きとれるように――の効果によってAdoの歌声という新たな記号が事後的に起源を抹消するのであり、それは「抹消記号(Ado)が起源(〈初音ミク〉)を抹消する」のではなく「起源があらかじめ抹消させられるが故に、呼び出される記号はつねにすでに抹消記号になる」という事態である。「シンギュラリティの孤児」Adoは、有象無象によって持ち上げられて高笑いするアマチュア的ミュージックメイキングと人工音声という(ない)起源に常にちょっとずつ敗北し続ける。Adoがいくらうまく、魂を込めて歌おうが、それは〈起源〉ではない。し、〈初音ミク〉は「起源としての起源」ではない。いくらかAdoが〈初音ミク〉を越えた起源に抗う、あるいは到達することができるとするのならば、「花が咲いて月が満ちて/また景色を塗り替えて/ここにいたこと 君の体温/忘れていつか冷たく それだけさ」といささか恥ずかしすぎるお仕着せのラヴ・ソングを彼女が始まりとして持っているという、そのことだけと言ってもよいだろう。


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第三章:「ヘイ、ミスター」――飼い殺しの狂犬:『狂言』レビュー

 アルバムの内容に入る前に、「CD」という今やクラシックやジャズマニア(ブートレグを漁るロック親父もそのうちに入るだろう)しか手に取ることのないメディアにまつわる非常に個人的な話から始めることにしよう。僕は高校2年生のときデトロイトテクノに凝っていたが、当時はサブスクもないし、セオ・パリッシュやMoodymannのフィジカルはどれも高額で、せいぜいSoundcloudに上がっている数少ない音源を掘るぐらいしかなかった。ある日部活終わりに渋谷(新宿だったっけ?)のディスクユニオンで物色していると、喉から手が出るほど欲しかったMoodymannの『Black Mahogani』が3000円で売られていた。財布には1000円しかない。しかし、家の貯金箱(高校生なので当たり前に口座など持っていなかった)には確か5000円ぐらいあったはずだと思い、店員さんに「これ、家からお金持ってくるので取り置いてください!」と言って引き返し、往復1時間かけてお金を持ってきて『Black Mahogani』を買った。Amazonがあったり、そうでなくても口座でお金を下ろせる今からすると考えられないが、当時の僕は音楽にそれだけの労力をかけて当たり前だと思っていたのである。配信サービスが始まったときも「俺はそんなの使わないもんね」と思いながら渋谷のツタヤで大量にCDをレンタルして一生懸命リッピングしてスマホに取り込んでいた。嫌なガキである。

 Adoに限った話ではないが、良いとか悪いとか抜きにして今のアーティストにはそういう労力をかけなくてよくなった。リリース日にはサブスクに曲が上がるし、そもそも「音楽を聴く」という行為に一日の時間を割くような人口も減ったと思われる(移動中にイヤホンで聴くのが主流だろう)。Spotifyで聴けばいいものを、あえて僕が『狂言』に4400円を払って家のアンプで、良いヘッドホンで聴くのかと言えば、それはAdoが僕にとってお金を払うに値するアーティストだからである。何より、サブスクでは分からないアルバム単位でのコンセプトに興味があった。無圧縮音源が手に入るということもさることながら、Adoが何をアルバムで表現するのか/表現させられているのかということに俄然好奇心がそそられた。「お仕着せ」のAdo。「ニューエラロックンローラー」のAdo。「オリジナルなきオリジナル」であるところのAdo。そういった個人的なイメージに、Adoはどう応えたのか。

 「レディメイド」に始まり「夜のピエロ」に終わるこのアルバムの始点と終点は、Adoというアーティストの卓越に比べて耐え難い凡庸さである。核となる「マザーランド」で「ロンリーロンリー」「道化師」というセルフオマージュが散りばめられている通り(そして「ここは楽園ではない」というAdoの「始まり」を示す歌詞にあるように)、「既製品」や「ピエロ」といったイメージにAdoの「曲も書かないし詞も書かない、お仕着せの人形の仕組まれた自嘲」の演出があるのだろうが、これはコンセプチュアルな方向性の努力として評価したい一方でとりわけ「レディメイド」の凡庸さが際立つあまり仕掛けが鼻につく。ジャジーなトーンと音の質感のつるりとした無表情ぶりがなんとも退屈で、あまりに鮮やかすぎてアルバムの全体的なトーンを破壊しかねない「踊」との対比ももはや残酷に聴こえる。恐らくイヤホンで移動中に聴くことに特化している(高音域がのっぺりしていて立体感がなく、lowがカットされている)ためだと思われる。これはサブスクで聴いた方がいいかもしれない。一方で、ストレートなロック・チューンの「FREEDOM」はアルバムのコンセプトとは必ずしも一致しないもののブルージーで煙臭いギターとうねるベースが出色の出来で、東京事変椎名林檎も彷彿とさせる(Adoは椎名林檎倉橋ヨエコに影響を受けているらしい)瑞々しく張りのあるヴォーカルが聴いていて爽やかな一曲。

 色々な音が鳴っている割には存在感のない「ドメスティックでバイオレンス」、抒情的でミニマル、コンポーザーの作家性がよく出ている「花火」、鼻白むほどセルアウト寸前のところで切実さを歌い上げる(ヘッドホンで聴くとストリングスの雄大さが結構すごいのでミックスがいいんだと思う)「会いたくて」までがこのアルバムの第一部だとすれば――第一部は「陽」のAdoだろう――、「陰」のAdo、つまりAdoの本質である第二部の開始は「ラッキー・ブルート」だ。重く暗いベース、Adoの本領であるがなり、全体のナンセンスで狂暴なトーン、何を取っても100点満点。柊キライの仕事は「ボッカデラベリタ」などで知っていたが、人間が歌うための歌を作るとここまで柊キライは邪悪になれる。Adoの曲のみならずジャンルとしての「VOCALOID」の楽曲としてもこれ以上を望みうるだろうかというレベルで卓越しており、ここで強烈なボディブローを喰らったかと思えば「ギラギラ」のアッパーで宙にぶっ飛ばされる。もちろん「踊」のようなヴィルトゥオジティの極北のような楽曲を歌ってもサマになるのがAdoなのだが、「今に見てろこのluv」と歌って飛翔するAdoがやはり僕たちは見たい。無圧縮で「ラッキー・ブルート」と「ギラギラ」が聴けるだけでこのアルバムに金を払う価値あると思う(今Spotifyで聴きながらこの文章を書いてるけど、特に「ラッキー・ブルート」の陰惨な音響地獄は比べ物にならないぐらいCDの方が音が良い)。

 箸休め的な「阿修羅ちゃん」、まふまふのいやらしいぐらい巧いライティングの妙が光る「心という名の不可解」(これはアルバムで聴いた方がよく聴こえた。単体で聴くと薄味なようにも思えたが、「阿修羅ちゃん」と合わせてアルバム全体のバランサーになっている気がする)を経て、「うっせぇわ」~「過学習」のアルバムの核に辿り着く。「うっせぇわ」はなんだかんだ言われることも多いが、デビュー曲っていうのはやっぱりこれぐらい挑発的じゃないとね、という気分になる。この曲のポイントは「「ギザギザハートの子守歌」にさえなれなかった私たち」なのだが、その背後にあるのは意外にも怒りではなく諦めにも似た感情である。「うっせぇわ」と言いながらライフルで狙撃していたはずの「大人」たちに向けていた銃口を「アタシも大概だけど」と自分の喉元に突きつけるとき、ペルソナとしてのAdoは確実に何かを諦めている。それは恐らく、「何者でもないもの」になることを諦めたのだ。青いインナーカラーでロングヘア―、スーツ姿の「Ado」になることを、自らの喉元に銃口を突きつけて撃った瞬間宿命づけられていた。ハードコア(ATARI TEENAGE RIOTみたい)の曲調も何度聴いても素晴らしい。Adoと作曲陣はこれ以降「うっせぇわ」以上のものを出さねばならないという重圧と闘っていくことになるだろう(「ラッキー・ブルート」と「ギラギラ」あたりはかなりいい勝負だと思うが)。「マザーランド」はおいおいAdoについて書く機会があればまたそこで詳細に述べたいと思うが、「劣勢らにラブソングを」と自嘲的に歌う彼女は――「ギラギラ」にも通じる部分があるが――やはり逆説的ではあるが「わが身かわいさ」で音楽をやると宣言する覚悟がついていないのだと思う。特典のパンフレットで「自分のことが好きになることができたら引退する」と言っている一方で、「劣勢らにラブを」「おいで 私がMotherlandになるよ」と素朴に(与えられた歌詞を)歌ってしまう態度こそ彼女の空虚であり(悪い意味ではなく)、彼女が空虚を満たすことができるとしたら(それは彼女の宣言上あり得ないことなのかもしれないが)「わが身かわいさ」で音楽をできるようになったときなのではないかという気がする。「過学習」は楽曲の小手先が目立つが、「この歌詞書いたのは誰なんか」というAdoが歌うと意味が変わってしまうパンチラインを入れたことは評価できる。「夜のピエロ」は元からスルメ曲だが、アルバムの中だと埋もれてしまう(だからエンディングトラックなのだろうが)。

 「アルバム」は曲を詰め込めばいいというものではない。Adoはその要請に対して「売れ線」のシンガーとしてできることをほぼ全てやったと思う(tofubeatsとか大森靖子とコラボしてほしいという気持ちは正直あるけど、まあ無理でしょう)。しかし、特にアルバム前半の退屈さ――Adoというシンガーに対するプロデュースのパースペクティブの平板さ――は後半「ラッキー・ブルート」や「うっせぇわ」の狂暴さに比べるとほとんど「飼い殺し」である。メジャーストリームであることを言い訳にすることはもはやできない。比較することもどうかと思うが、現在進行形でも宇多田ヒカルが『BADモード』でほとんど超絶的な音楽をメジャーシーンで展開したことを思えばAdoのコンポーザー陣が「この程度だろう」と高を括ることはあってはならない(高を括るというか、「ボーカロイド」の曲はこういう感じだろうと作曲陣がジャンルを規定してしまうこと)。Adoは未だ「飼い殺しの狂犬」だ。ボーカロイドのコンポーザーがジャンルを踏み越えてAdo自身でさえ気づかなかったエネルギーを引き出すことを期待する。

 

・終わりに――俺は、何なんだ?

 2万字近い記事を書いて思ったことがある。俺はAdoのなんなんだ?「オタク」なのか?「ファン」にしてはこんなキモい記事を書くぐらいだからちょっとファンにしてはキモすぎるし、オタクというのもAdoにオタクっているのか?例えば、僕は銀杏BOYZのファンである。クイーンのファンである。ホロライブとにじさんじのオタクである。元アイドルオタクである。そんな風にして、自分の人生を「ファン」「オタク」「それ以外」にちょっとずつ切り分けることで、僕は自分の趣味の自己同一性を保とうとしてきた。それが今、Adoによって突き崩されようとしている。Adoは「歌い手」であり、ファンはファンでしかない。このファンというのはつまり、Youtubeでコメントして、配信を観て、ツイッターにリプを飛ばして、サブスクで音源を聴いて、フィジカルは買ったり買わなかったりする、そういう層である。アイドルオタクをやっていたときはこういう気持ち悪い長文を書くオタクは結構(いや、本当に結構いた)いたものだが、Ado界隈(Ado界隈?)ではまあ見ない。僕はYoutubeのコメントも書かないし、ツイッターにリプも飛ばさないし、フィジカルを買ってCDで2~3周聴いてこういう気持ち悪いブログを書く。僕のAdoへのまなざしを、ひとつこれこれこういうものだと言うことはできない。

 ただ、「うっせぇわ」では「なんや、またこういうシャバい歌い手が出たんか。まあろくに聴きゃせんし、ほっとこ」ぐらいにしか思っていなかったのだが、「ギラギラ」をたまたまYoutubeで聴いたとき首根っこを鷲掴みにされるような感覚になった。虚ろなのに魂が燃えていて、暗い炎がゆらめくような歌声に耳を疑った。「うっせぇわ」も聴き直して、表面的な挑発に引っかかっていたのはこちらの方だったと身の上を恥じた。こうしてDVD書籍付のフィジカルが手元にあり、部屋のコンポで久しぶりにCDを買って聴く楽しみをよもやAdoで再確認させられるとは思ってもみなかった。俺は、Adoが好きだ。二周回った逆張りと言われようが、周りの音楽好きにバカにされようが、低く人間離れした声でがなるAdoが、透明な声でラヴ・ソングを囁くAdoが、俺は好きだ。だからまあ、オタクなのかもしれない。新時代のロックンローラー、抹消するモード、飼い殺しの狂犬、どんなに言葉を尽くしても、Adoの歌声を初めてまともに聴いた強烈な印象に届かない。届かないこと前提で、僕は言葉を尽くしてみた。喪失の時代を生きるディーヴァに、愛を込めて。

僕にとってのアルチュセール:面接試験のためのメモ(教育、主体、良心)

 院試まで4日になった。周りの人からは院試は熱意とコネだから大丈夫だよとか、君のフランス語力じゃ厳しいんじゃないとか、諸説ある。フランス語を見ると心臓がバクバクして視野が狭くなる。今更語学でできることはないんだし、当たって砕けるしかないとは思いつつも、ぐるぐると脳内で最悪のケースが浮かんでは消える。ドゥルージアンの友人は良い奴なんだけど優秀なだけに言うことが残酷である。英語のSVOCさえ分からない(その代わり性数一致とかは格で判断している)人間に試験数日前に精読しろと言われても無理な話である。当日はなんとしても、なんとしても解答用紙を埋める。あれだけ量だけは読んできたのだから手も足も出ないということはないはずだ。人生で二度目の試練が今なのだと思っている(一度目は高校受験)。三度目、四度目のために、今の挑戦がある。受験などたいしたものではないというのは、それはそれで本当のことなのだが、やはり自分事になると胃が痛みますね、タハハ~。

 

 今日仮面浪人している(同じ大学の理工学部から哲学科に行くために文学部を受験するという気合の入った人間である)後輩と電話した。彼はあることをきっかけに(それまで考えていたことが一挙に繋がって)「ニーチェが見ていた景色を見たかもしれない」と言い、ニーチェはもちろん、キルケゴールサルトルドゥルーズのイズムを継承できるかもしれないと続けた。彼は理工の1年のときにサルトルの『存在と無』を読破し(僕には一生かかっても無理だ)、実存主義に影響を受け、そうしていたら骨の髄までエグジステンツになった。僕は彼と話しながら、僕自身がどういう思考の経路を辿ってきたのかを考えた。僕は存在とか、実存とか、認識とかに最初から興味がない。うまく説明できないが、「手ごたえ」を感じないのだ。自らが現存在であることとか、世界に現象していることとか、他人との交われなさとか、なぜ真理を措定しなければならないのか(真理は存在論ではなく認識論だと思っている)とか、はっきり言ってどーでもいい。だからはハイデガーのSZを読んでも息苦しいし、カントのKrVは続けて30分も読めない。うまく言えないが、魂の態度というか型みたいなものが合わないのだと思う。そもそも僕はエピステモロジーを専門にしたいですと哲学科の自己紹介で言っていたのだから、形而上学ははなからアウトオブ眼中だった。かと言って、文学もどうせいっちゅうねんという感じで外から面白がることしかしてこなかった気がする。リゴーやブルトンロルカをなんとなく読み、なんとなくしか読んでいないのでなんとなくの感想しか出てこなかった。人文学を選んだのは、「これがいいんだ」というよりも、社会科学も自然科学も肌に合わず逃げた先にあったのが人文学だったからな気がする。幼い頃にヘッセや三島を読み、マーラーを聴きながらクリムトの画集をポケモンやモンハンそっちのけで眺めていた事実はあまり関係がない。僕にとって人文学は魂の賭けではなく、暇を有意義っぽく潰せる好奇心の矛先がそれだったというだけである。

 僕は大学1年の年末、のちに付き合う女の子と古本屋デートをしている最中に、今村仁司アルチュセールの入門書が100円で叩き売られているのを見かけた。ちょうど粟津則雄が福永武彦に献本した手紙入りのブルトン全集を買い損ねて――あそこで13000円を出していたら僕の人生は大きく変わっただろう――ムカついていたから、やみくもに手に取って他の本と一緒に買った。次の年のゴールデンウィークになんとなく手に取って読み始めた。難しいけど面白くて、一気に読んでしまった。次にさっき書いたときの女の子と学校をサボってデートに行く前、渋谷の丸善で『マルクスのために』を買って、今はもう喫煙席がない松濤のベローチェで一緒に購めたスピノザ『エチカ』もそこそこに待ち合わせ時間まで『マルクス』を読み始めた。ほとんど何が書いてあるか分からなかったけど体に電流が走るぐらいの衝撃を受けた。これはすこし時制が行き来するが、僕は文書きのゴロをやっているから人の文章も書き手ベースで読む癖がある。卒論執筆時に嫌と言うほどアルチュセールの文を読んでいて気付いたのは、レーニンのパロディとして非常に完成度が高く、つまりは歯切れがよくて、もったいぶらず、明晰で、論理構造は入り組んで複雑怪奇、体のいい結論は出ないというスタイルである。僕はあとでも述べるがアルチュセールの思想に共感できるところは少ない。それでも僕がアルチュセールを読みまくった(邦訳は精神分析講義以外多分全部持ってる)のはその文体である。単に読んでいて気持ちよかったのだ。他の哲学者がゴニョゴニョモタモタ言うのに対してアルチュセールはズバッと切り込み、新たな謎を提示して論文を終える。その感じがなんとも言えずよかった。

 しかし僕は院試を目の前にして、「君はなぜアルチュセールを読んでいるの?/君は大学院でアルチュセールの何を研究したいの?」と面接で聞かれたら何も答えられない。答えられないというか、「なぜ」「何を」という意識でアルチュセールを読んでこなかった。僕ははっきり言ってアルチュセールの言うような革命にはなんにも期待していない(というか、『再生産について』を読めば分かることだがアルチュセールは戦後の民主国家で革命が起きると本気で思っているわけがない)し、一応レフトですとは言ってはいるがルンペンプロレタリアートではない(そもそもルンプロだったら親の脛を齧りながら年金で大学院受験などできない)。アルチュセールの政治論は理論偏重主義と言われるように(今読めば、転向後の「今日のマルクス主義」などの70年代の諸論文でさえもが)空転しているように見える。なので、「オレは今こそ革命、蜂起が重要だと思うからアルチュセールを読んでるんだよね」とは言えない。となると、僕がアルチュセールで重要だと思っているトピックは教育と精神分析なのだが、これにはどちらも理論と臨床(実践)がある。僕の言う「手ごたえ」とは「理論に基づいた(あるいは理論が全く役に立たない)臨床」である。精神分析をやるんだったら、多分医学部とか行かなきゃいけないので、僕の頭では到底無理となると教育がやれることとやりたいことの一致として適切な気がしている。人に関わることが僕にとっての「手ごたえ」だからである。

 

 僕にとってのアルチュセールは一体なんだったのか。多分、これは著作に明文化されていないけど、教育者としてのアルチュセールに惹かれていたのだと思う。政治も興味ない(語弊があるが、あえてこう言っておこう)し、精神分析は臨床の頭が多分ない(駒場精神分析で出してしまったので、二枚舌を使うしかないが)。「学校装置」とイデオロギー装置として学校を呼んでおきながら、学生の解答用紙を全て手書きで写しを作り、採点用と復習用の用紙を毎度作っていたアルチュセールの丁寧さは、思想にも表れている。僕がしきりに言う「主体」と「〈主体〉」の関係性(再認と服従)をきめこまやかに二重化していく手つきに、アルチュセールが自分の教師という身分にある種苦い感情が込められていると思う。教育とは教え育てるの謂だが、教師が教えて子どもが育つわけではない。教師と子どもが何かビッグな主語(〈主体〉としか言いようがないもの)に導かれ、最終的に良心の声、つまりは誰もいない道にゴミをポイ捨てするときに「これをやったらまずいかもしれない」と思うその声を聞くことによってゴミを捨てないという倫理的判断を行えるようになったり、「知る」ということの面白さが教師と子どもの双方で交換できるようになったりするという良い面や、逆に悪い面に導くのも教育の役目である。良心の声と言ったように、この狙いの根底にはルソーがある。ルソーの「自然」の「善さ」からアルチュセールの「学校装置」は真逆なように見えるが、「主体」というキーワードを軸にして繋がっている。アルチュセールにおけるイデオロギーと主体の教育を「装置」(国家)から解放する手立てとして、主体が持っている自然による良心(意識)の涵養を目的としてルソーを補助線とする。これが僕の持ち球であり、もし一次試験をパスできたら面接で言おうと思っていることである。研究計画書とは大幅に外れていないので、これで行く(これで本郷に一次で落ちて駒場の二次に通ったらいよいよ僕のペテンが試されるが。そもそも研究計画書通りに研究してる人なんて周りにいないし)。本郷に行っても駒場に行っても、僕の筋はアルチュセールとルソーである。

 

 余談。僕は教育ということに関して、子どもの頃から椅子に座ってクソつまらん授業を有象無象と受け、先生がなぜああも偉そう(「道徳的」であろうという教師ほど偉そうだった)なのか分からず、中学ではわざと授業中に教室の後ろで横になって寝たり、先生から見えないようにパンツを脱いでフルチンで授業を受けたりして、高校ではツイッターに気に食わない女教師についての卑猥な侮辱を書いて凄まじい説教を食らって以降一切その現代文の授業には出なかったりした。僕は先生が、教師が何かを子どもに教えることができるなどと一切思っていない。僕が今でも年賀状を交換している小学校の担任はホームルームでドイツ語の文法を早口で解説し始めては寝てる生徒がいたらいきなりブチ切れていたし、年に一回一緒に食事する高1の現代文の先生は平気で出来の悪い生徒のことをバカとか言う。何かを受け取った先生はみんな人格破綻者だった。「いい授業をすれば子どもは言うことを聞く」、「先生は道徳的にすばらしくあらねばならない」、全てクソ喰らえだと思う。そういう風に考えている僕がなぜ教育に関心があり、大学院で教育の思想を仏文科や総合学科で勉強したいのか(まあ自分の関心が最近まではっきりしなかったので落ちたら教育学科も受けるが)というと、自分で自分を涵養する技法(つまり、ひろゆきや中田の切り抜きを見て物を言うようにならないように気を付けるためのテクニック)に他者が介入できる可能性を文献学的に検討したいということに尽きる。「そんなもんばっかり見てたらバカになる」というのは場合によっては真実であるのだが、必ずしもその都度伝達の仕方が適切であるとは限らない。かと言って、何か「適切な方法」があって、それを毎回言えばいいというものでもない。僕の尊敬する教師は、非常にその塩梅がうまかった。教えるのがうまいのではなく、教え学ぶ場を作ることに長けていた。みんな彼らにバカとかアホとか言われながらも一生懸命話を聞いていたし、僕の言う(多分ルソーもそうだと思う)「良心」とは分かりやすいから例に挙げただけで道にゴミを捨てるかどうかの問題ではないのだ。小学校の担任のおかげで僕はニコニコ動画の解説動画を見ながらドイツ語を自習ノートに勉強し、簡単な作文を毎回つけると先生は「Sehr Gut!」と赤で返し、それがとても嬉しかった。現代文で太宰の「ロマネスク」を自己流精神分析で読解したレポートを書いたら「研究者よりもよく書けています」というコメントと共に最高評価の上の評定が書いてあり、僕は自分の文読みの能力を多少なりとも信じることができた。そのコメントの中に、彼らが託した――ドイツ語や文芸理論などではなく――学びのメッセージがあったのだと思う。声の小さい小学生に「テメエ金玉ついてんのか!」と怒鳴り散らす教師に、それだけ見て良心がないというのは表面的に過ぎる。知的好奇心と成長の可能性を引き出すこと、その場を用意すること、教師と子どもが互いに学べること、これらが揃って初めて教育と言える。そのためにはアルチュセールの「装置」だけでもルソーの「自然」だけでも不十分で、システムの構築としてのイデオロギーに真の意味での良心=意識を介入させることで二つの異なる主体である教師と子どもにおいて〈主体〉が要請されるのである。

 

 まあこんなこと書いてても一次試験受からないと意味ないんですけどね。気合、根性、魂で行きます(それで受かれば苦労はない)。

ホロライブは早くHoloEUを作れ

 ツイートの延長線上の話です。

 

 HoloENができたのは確か2020年夏ごろと記憶している。森カリオペの「失礼しますがR.I.P」を聴いたのが大学5年で精神病院に入院したときだから大体合ってると思う。不思議なもので、僕は高校時代受験がなかったので英語はモームヴァージニア・ウルフを授業で読まされ、リスニング教材はTEDだったのだが大体落第ギリギリのちょい上ぐらいの成績だったのにも関わらずHoloENの配信は聴きとおせることが多かった。ニノマエイナニスや小鳥遊キアラは英語ネイティブではない(イナニスは韓国系アメリカ人、キアラはオーストリア出身なのでドイツ語も訛っている)から発音も聴きやすかったし、カリオペの流れるようなテキサス訛りも心地よかった。がうる・ぐらとアメリア・ワトソンは声がかわいいという理由で聴いていたが何を言っているかほぼ分からず。特にアメリアのブロークン・イングリッシュは強烈でスラングもバンバン言う。去年の今頃はキアラの12時間配信を垂れ流しにしてウーバーのマックと駄菓子屋で買ってきたアイスを食べながら布団にくるまるしかできなかったので、HoloENには助けられたという思いが強い。普段は日本のライバーがハロ~センキュ~アイムハッピ~と言うだけで拍手喝采だった海外ニキもENが出てくると一気にそこに流入し、のびのびとコメントしていた(桐生ココのRedditミーム配信にはそこそこ海外ニキもいたと思うけど)。最近のクロニーやハコ太郎は追えていないが、まあそのうち観るだろう。飽き性な僕もなんだかんだVにハマって3年になるが、切り抜きなども活用すれば効率的に楽しめるし、バカにされがちな趣味だが僕としてはVtuber好きでよかったと思っている。

 先日のエントリでフランス語学習法に根本的な誤りがあった(というか学習の過程で頑張るべきポイントで頑張らなかったので突貫工事をしてもほとんどどうにもならなかった)という話をしたが、もはや院試(一週間後になった)対策を今からしてもどうにもならないので、先々のことを見据えてフランス語でツイートするVオタアカウントを作り、フランスのVtuber(いるんだよ、これが)をTwitchでフォローしまくって片っ端からアーカイブを観ている。フランスのVtuberについて一定の体系的な論述を試みたいところだが、何を言っているか分からず(「Putain」「Merde」「Desolée」「Merci」ぐらいしか分からない。ときどき「Alors」「Du coup」などの接続詞が聴こえることもある)、到底今の僕のフランス語力では面白い子たちの魅力を伝えることなどできそうもないので、数か月後の僕にそれは譲ることにする。ただ、耳の訓練にはなるし、音質の悪いパブドメの文学作品の読み上げや「そこにコンピュータがあります」みたいな例文の単語帳のCDを聴くよりずっと楽しくフランス語を耳に入れられている。あと彼女らが日本語をしゃべると嬉しいので海外ニキの気持ちが分かる。「日本のVtuberが好きだから日本語を勉強する」はよくあるのかもしれないが逆はあんまりいなさそう(いるとは思う)。何事も楽しく勉強できる(勉強という意識をなくして勉強する)ことが一番なので、これはしばらく続けたい。

 んで、本題だが、にじさんじは一応KRとかあるもののドメスティック展開(あの月ノ美兎でさえ登録者数は80万人にやっと到達したのである)なのでそれはそれとして、ホロライブはインドネシア英語圏を制圧しつつあるわけだから、HoloEUを作るべきだと思うのである。フランスは人的資源が豊富だからいくらでも引き抜けるし、ドイツ・オーストリアのゲルマン圏にも日本オタクはいっぱいいるだろう。もちろんイタリアやスペイン、ポルトガルだっていい。クレイジー・オリーやムーナ・ホシノヴァがインドネシア語で雑談しているのを見るたびめちゃくちゃうらやましくなるし(多言語話者の学習の入り口という意味で)、何よりVtuberFRの子たち(ほぼ唯一のフランスのVtuber事務所であるVVonderliveの稼ぎ頭であるPawaChanでさえツイッターのフォロワーは3000人とかなのだ)が一生懸命現地のママと作ったであろう低予算のガワで配信しているのを見ると涙がちょちょ切れる。いい絵師をつけてあげて、いいLive2Dで配信する彼女たちが見たい。母語ではない英語ではなくフランス語やドイツ語、イタリア語で思いっきり配信してたくさんの人に見られながらおいおいは3Dになって配信で輝く姿を見たい。異文化交流のありうる形として、異なる言語でありながらヨーロッパという一つの地域を共有する彼女たちの姿は、きっと多くの人に言語を学ぶ意欲や文化を知りたいという好奇心をかき立てるであろうことを僕は確信している。キアラのドイツ語講座も好評なわけだし、HoloEU絶対成功すると思う。まずはHoloFRとかHoloDEから始めて欧州連合みたいに統一するのでもいいだろう。という訳で、カバー株式会社さん、どうかよろしくお願いします。

 

・VVonderliveについてのごく簡単な紹介

 フランスのVtuber業界は面白くて、オタクを観測することが難しい代わりにVtuberが雨後の筍のごとく存在する。まあフランス語初学者がいきなりコミュニティに参入しようったって難しい話ではあるか……。淫夢とか加藤純一みたいなコンテクストもないし、手を変え品を変え検索してみても大学の日本学科でサブカルチャーを研究してる教授とかストリーマーが出てきてひねくれバチャ豚みたいなのが出てこない(向こうにも「ぺこーらに告白しようと思ってる」はいるんだろうか?)。山盛りフレンチフライの画像に「優勝」とかツイートするヤツはいないらしい。いたらいたで嫌だが。気分をgif画像で表現するのはフランスに限らず欧米圏の特色だが、中国が哀叫拓也や目力先輩を真似するのに対してユーモアセンスが割と健全なように見える(Redditミームの有名なTier表とかもそうだし画像を二枚並べて「ホロライブを知る前のあなた:知った後のあなた」のやつとかもだが笑いのニュアンスにことオタクカルチャーに関しては嘲笑や皮肉のニュアンスがアジア圏より少ない気がする)。

 フランスのVtuberはそんな訳でほぼ無名のライバーが日夜Twitchで活動しているのだが、フランスのキズナアイ(勝手に言ってる)であるPonokiChanが去年の年末にVtuber業界を振り返ろうみたいな動画で上にも書いたVVonderliveのPawaChanに言及している。フランスのVtuberと言えば!みたいな感じなのだろう。


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(Comment devenir un vtuber en 2021?「2021年、どうやってVtuberになる?」。animojiから始まってトラッキングやLive2Dの技術の発展と応用方法がフランスのVtuber業界と日本のVtuber業界を比較しつつ紹介される。PonokiChanはYoutubeの動画勢なので早口ではあるが字幕もつけられるし大体10分以内なのが嬉しい)

 以下では、PawaChanを含むVVonderliveのVtuberを3人紹介する。より詳しい紹介は僕のフランス語力の向上を待っていただくかフランス語ができる方が観ていただくかだが、日本では恐らくほとんど知られていないであろうため、わずかでも彼女らを知るきっかけになればと思う。なお、オススメの動画を紹介したいところだが、Twitchはアーカイブが14日間しか残らないのでオススメしづらい。各自興味を持った子のTwitchに飛んでregarderするなりécouterするなりしてほしい。

 

・PawaChan

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 ピンク髪のツインテールと見た目まんまのキャンディボイス、まくし立てつつ視聴者のコメントを丁寧に拾うのが芸風。日本語を見かけると「ありがとうございます~」と返してくれる。英語は苦手な模様。雑談を30分~1時間ほどやってからゲーム配信を始めるスタイルだが、ゲームは配信が始まってから一発系のゲームをやることが多い(NieR:Automataなどの例外あり)。YoutubeにVVonderliveの中では唯一切り抜きと自己紹介が上がっているので、一番入門者向きかもしれない。オープニングの歌が楽しい。Facile Facile~♪Youtubeの自己紹介と切り抜きを挙げておく。


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・Hiwamari

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 VVonderliveの清楚枠(後述するWaffleとの対比でミームも作られていた)。Himawariではない。ポケモンFPS(ヴァロ、エペ)、雑談がメイン。比較的ゆっくり喋ってくれる上日本語も堪能なのでPawaChanで耳が疲れるのであれば彼女がオススメ。歌が好きなようでいきなり歌う(日本のアニソンがメイン)。個人的に清楚はそんなに観ないのであまり響く子ではないがホロライブで言えば百鬼あやめや大神ミオあたりの毒っ気のなさに割合近いかもしれない。

 

・Waffle(Waffy)

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 VVonderliveのSale(ヨゴレ)枠。配信はFNaFなどのホラゲ、マイクラ、雑談。先日はSUBATHON(サバソンと読むらしい。Twitchストリーマー特有の文化で、一定時間の登録者数の増加に応じて配信時間を延長していく耐久配信のこと)で24時間ぶっ続け配信を達成した。とにかく罵詈雑言が酷く、「Putain」「Merde」「Shit」「Fuck」を連発する。直近のFNaFの配信タイトルは「ON NIQUE LA MERE A WILLIAM」(ウィリアムのママをブチ犯すぜ)だったのだから本格的に手に負えない。ホラゲの絶叫と一気に10コンボ決まる金属的かつ力強い台パン、ハスキーな声はかなり癖になる。かなりの早口かつブロークンフレンチなので大体何を言っているか分からないが勢いだけでも観ていて楽しい。イチオシ。一連のFNaF配信は一気に観てしまった。

 

 というわけでVVonderlive以外にもフランスにはVtuberはいっぱいいるが、ほんの氷山の一角を紹介してみた。彼女らが日本のリスナーに迎え入れられる日を心から待ち望んでいる。ちゃんとフランス語勉強して言ってること分かるようになるぞ~。

C'est ma faute.:ぼくのぐだぐだじゅけんせんそう・その壱

 「君さあ、やる気あんの?」

 結局人は努力と継続しかないわけである。駆け出しでコケるにしても、その人がどれだけ頑張って目の前のことに取り組んできたか、コツを掴むためにどんな工夫をしてきたかでミスに対する周りの視線も変わってくる。僕は努力の仕方も分からなかったし、継続できたこともせいぜい文章を書くことぐらいだが、同人の運営がワタワタで「みんなで何かをやる」ことの「めんどくさいフェーズ」に入っているので早めにここから脱したい。まあ、楽器も続けなかったし(ホルンなどという取り回しの効かない楽器を選んでしまったが故にオケか吹奏楽団以外に入るところがなかったというのが当時の僕の言い分だったが、金管経験者なんだからトランペットかトロンボーンでもやっていればよかった)、毎日コツコツ地道に、ができない性分である。それでも高校まではなんとかなった。中学時代から理数系は壊滅的にできなかったけれど(数学と理科さえできれば全国トップの国公立高校に行けると言われたものだが、全国トップの人間は数学と理科ができる)、それでも三科目で大した苦労もせず第一志望の私立に進学、必修だった第二外国語のドイツ語はなぜみんなできないのかが分からないレベルで難なくできた。ドイツ語のスピーチもやったし、A2ぐらいならノー勉でもクリアした。

 附属だったから勉強せずに大学に入って、僕は初めてのアルバイトに中学時代通っていた塾の講師を選んだ。今から考えるとここで得たものも大きいが、高校までで増長していた僕のプライドは当時の塾長に粉々に粉砕された。「君さあ、やる気ある?」「人生で頑張ったことないでしょ」「大学が良くたって社会じゃ何の役にも立たないよ」……まあ、よくある社会人特有のパワープレイであるが(そもそもそんなパワープレイを19歳のガキにねじ込むな)、それを僕は「ケッ、うるせえな。オメーが知的な人間じゃないからって根性論でヤキ入れてんじゃねえよタコ」と一蹴できず、バイト前には必ず最寄りの駅でゲロを吐いてしまうぐらいには素直に受け止めて追い詰められてしまった。ブラック企業に勤めようものなら一発で自殺モノだが、僕は健気にも期待に応えようと頑張った。給料は出ないのに生徒の質問の面倒を見るためや答案の添削のために出勤したし、終盤は保護者が目の前で我が子の成績が上がらないとブチ切れる面談の後で泣きながら特別カリキュラムを作り、その子の偏差値を20上げてガンギマった目で「やりました!!!やりましたよお父さん!!!!」と絶叫していた。而して僕は躁鬱病になり、流れ流れて無職である。別に今の身の上はわりかしどうでもいいのだが、僕は元から努力/継続/頑張りみたいなものが不得手だった上に変な頑張り方をして関節を痛め、根を詰めることにビビっている節がある。というか明確にビビっている。部活だって例えば高い音が出ないとか、吹けないパッセージがあったりとかの場合は吹いているふりをして先輩や同期に合わせて吹き真似をしていたぐらいには努力が嫌だ(その割には高校時代60人の所帯を率いて主将をやっていたのだから自分のハッタリは評価してあげたいところだが)。

 今年、僕は大学院受験をする。東大の仏文科と地域文化研究専攻である。ドラゴンボールで言うとラディッツ魔人ブウに挑む程度の勝率しかないが、なぜこうなってしまったのかということについては僕の「努力恐怖症」とそこから来る慢性的な自信のなさによるところが大きい。頑張りたくないわけではない。めんどくさいという気持ちもあるにはあるが「頑張れば俺だって」という気持ちが勝るときもある。実際に高校受験は成功したわけだし……しかしその後「自力で」成し遂げたことは何もないのだ!以下で縷々と書き記す学部生活の回顧と受験記は僕の嘆きである。ロングトーンとスケール、マウスピースのアンブシュア確認が何よりも大事なように、野球部が最初はバットを持たせず走り込みをするように、地道な練習と確認が欠けていた。結局色んなテキストを買ってはみたが、意味はなかった。意味がなかったわけではないが、意味がないのと同義だったのである。仮に、もし仮にだが、受かったとして、あるいは受からなかったとして、僕がやることは「一番簡単な文法書とドリルを最初から最後までちゃんとやり通すこと」である。難しいフランス語を読んだりできもしない単語帳をやることは完全に時間の無駄だった。決断も早かった。来年の今頃受験でようやく歯が立つか立たないかというレベルだろう。そしてこれは僕の大学生活に対する回答なのだ。これを読んでいるインテリ大学生諸君、あるいは院に進んで研究者になりたいと思っている君たちはどうか焦らないでくれ。「早くデリダのテクストが読めるようにならなきゃ」、「僕/私も一年経ったらあの先輩みたいにギリシャ語やラテン語を読めるようになるのかなあ」、どーでもいい。気にするな。そのqueは何のque?そのdeは何にかかっている?si節の中身が直説法か条件法かで訳出の違いは明確か?そういった事項に一個一個答えられるようにすること、これを怠ると僕になってしまう。ドイツ語の定冠詞と前置詞を見て格が答えられないようでは何も読めないのと同じである(というか、関係代名詞とかもそうだが、フランス語よりドイツ語の方がはるかに訳文との対応関係が明確な気がするのだが……)。というわけでワタクシのグダグダ受験記+グダグダ大学生活記です。

 

・高校~B1

 もはや自分の身分になんの執着もないので(実名で検索すると顔写真が出る)書いてしまうが、僕は早稲田大学高等学院という私立高校出身である。男子校で、入ってさえしまえば(比較的厳しめの要件を達さないと留年、2回ダブると退学となる)100%早稲田大学に行ける。3年生の途中で進振りがあり、期末試験と特別考査の成績で学部が決まる。僕は100点満点の評価中78とかで同じ成績帯の人間は法学部や商学部に行っていたが、僕は文学部以外行く気はなかった。この時点では卒論を増村保造論で出したので演劇映像コース映像科に行くか、吹奏楽部の顧問の先生がインド哲学の博士(学院は先生も大学の管轄なので基本研究者である。ディドロ研究の大家に倫理の授業を教わっていたのを卒業後に知る)だったのでその影響で東洋哲学コースにしようか迷っていた。

 無事早稲田大学に進学し、同時に哲学・批評研究会という読書会サークルに入る。僕はヤージュニャヴァルキヤとか説一切有部をやりたかったのに(そもそもそれなら仏教青年会に入ればよかったのだが)頭数が足りないという理由で新入生のデカルト『哲学原理』読書会にぶちこまれた。ぶーたれながら出席したが、その場にいた先輩(のちに『疾風怒涛精神分析入門』を出す片岡一竹先輩である)と話すのが楽しかったので毎週遅刻しながら出席した。そこでレジュメの切り方も教わった。片岡さんに「デリダみたいなレジュメを作るね」と言われたのが何になのかはよく分からないが今でも響いている。院に進もうと思ったのはこのサークルでベルクソン『時間と自由』の読書会をやり、同時にサークルで発表会をやるということで立候補して資料を書いたところだと思う。初めてフランス語に触れ(この時期はパニック障害がひどく、ろくに授業に出ず図書館にこもって資料に当たっていた)、初めて地下の図書館に行き(早稲田の中央図書館はめちゃくちゃデカい)、なんだか研究者になった気分だった。発表も好評だった。1月ぐらいに進振りがあり、(何度も擦っているが)好きな女の子が哲学科に行くというのとなんとなくベルクソンバシュラールをやりたいなと思って哲学科にした。3月には精神分析コロックの手伝いとかやって、『精神分析の再発明』『ラカンと哲学者たち』を出版された工藤顕太さんにけっこう質問に答えてもらった。こうして見てみると語学以外はB1は比較的頑張っていたと思う。高校でやって楽できるからとドイツ語を選んでドイツ語もやらずもちろんフランス語もやらなかったこの時点が"""差"""なのかもしれない。気が狂ってゲーテ・インスティテュートの会話クラスに通ったりはしたが、レストランでの注文方法を教わって終わった。

 

・B2

 哲学科での最初の授業が西南学院大学から早稲田に着任一年目の西山達也先生のレヴィナス講読だった。西山先生はべらぼうに頭がいいのだが天然で、話題があっちこっちに行く楽しい授業だったので金曜1限で出席なしにも関わらずほぼ毎回出席していたと思う。このときにいきなりレヴィナスのフランス語に直面し、悪い癖がつく。分からない構文や前置詞を飛ばして無理矢理意訳するという関口存男が聞いたらブチ殺されそうなことを平気で(いや、多少の罪悪感と共に)やっていた。大学を中退したが今も仲がいい先輩と一緒に出席していた速習フランス語は5限だったのでシャノアールのホットサンドをおやつに食べた後だったものだから毎度爆睡。その割にはラテン語にはきっかり出席し、ちゃんと小テストも毎回満点で後ほど述べる諸事情があったにもかかわらず単位が取れた。ちょうどこのときアルチュセールと出会い、その代わりにバシュラールがつまらなさすぎて『科学的精神の形成』を途中で投げる。しばらくは彼女の家で『マルクスのために』と『物質と記憶』を読みつぶし、フランス語とラテン語を適当にやる。今書いてみても思うが、そんなに無茶しなくても頑張れるポイントは全然あったな。全ては自分のせいなのですが。フランス語の理解できないポイントはいくつもある(試験10日前でいくつもあったらダメだろ)が、一番は英語もそうだけど格がないこと。僕は高校まで英語をノリで読んでおり、そしてそれでなんとかなっていたので、àがatになったりtoになったり、inに当たるのがenだったりdansだったり、もはや意味不明。その点ドイツ語はmitやausの後は必ず3格=「~と/~から」が一緒の括りになるということがシステマティックなので分かりやすい。zuみたいによう分からんのもあるが。英語もドイツ語も洋楽やクラシックを聴いて耳が出来てたんだろうね。

 そんなこんなで躁鬱の世界がデロデロに溶ける地獄で大体全てが終了する。大学には配慮願いを叩きつけて春学期の後半は一切出席せず、家でテストだけ受けた。まあ病気については散々ここにも書いてるので今更書きませんが、認知能力も終わったので勉強しても手の平の間から砂がこぼれていく感触があって辛かった。とはいえまだ院に行きたいという気持ちは依然強かったが、当時の彼女と年の終わり(クリスマス直前)に別れて友人とヤケ酒して東横線の最果てまで運ばれたりし、色々自制が効かなかった反省がある。

 

・B3

 マジで書くことがない。大3病というものがあるのかは知らないが、勉強をしても楽しくなくなってしまったのがこの辺。『意味の論理学』の注釈書を出した現神戸大学教授の鹿野祐嗣先生の授業に出たりして無理矢理ドゥルーズを読もうと思うものの、何が書いてあるか分からなくてレポートの評価もイマイチだった。新しい喫茶店のバイトではADHDをフル発動して怒られまくり、女にはフラれまくり、何をしてもうまくいかなかった。エロゲにハマって2週間学校に行かなくなったり、パチンコで5万円をスッたりした。何をしたいかも見えなくなり、無闇に取った教職の授業にも行けず、もう何をすればいいか分からなくなった。この時期は「こうすればよかった」というポイントさえ見つけられないのでこれはこういうものでいいということにしておく。

 

・B4

 B3の落ち切ったモチベのまま4年に突入し、ハッタリだけの卒論計画書と何もしていない語学で周りは院の話か就職の話、しかし特に親しい友人2人だけは何にも考えずに卒業や留年した後もプーをこくつもり満々だったので安心していた(するな)。ここで親にずっと言っていた院進を撤回、文字通り頭がおかしかったので就活すると言い出す。実際、僕もこれを書いている今になってようやく(研究計画書を2学科分書き、それとは別に研究経過と研究計画4000字英語600words、フランス語の論文要旨A44枚を書いてからのようやく)自分の大きなやりたいテーマがはっきりしてきたというものなので、このとき「哲学が本当に好きだったのか分からない」と言い出してベンチャーのコンサルの説明会に行き、0次面接で「みんなに今日あった良いことをプレゼンしましょう!」と行った先で切り出されて「トイレ行きます!!!!!!!!!!」と絶叫、池袋のビルを脱走した自分を責めることはどうしてもできない。この年は就活もどきをやって(一応一社ESは通ったけど現実的じゃなかったので面接には行かなかった)、バイト三昧にオタク三昧、TWICEのCDに7万ぐらい使ったりBTSのコンサートに行ってサウナを楽しんだり、病気も全く兆候がなく将来のことを忘れて遊び惚けた。もはやフランス語のフの字もない。書けば書くほど自分が大学院なんて目指すべきではなかったのではと思えてくる。

 

・B5

 遊び過ぎたので自分を見つめ直す期間として卒論の単位だけ残して留年した。西山先生に「卒論の字数が4万字を大きく超えそうなのですが……」と言ったときに先生が「まあ、君は院にも行かないし、好きに書けばいいよ」と返しつつ苦い表情になっていたのを忘れられない。結局論文は頑張ってしまうたちなので、書いていたら字数は膨れ上がり、6万5千字とかいう修論クラスのデカさになってしまった。結果的に精神病院に入院する直前に書きあげた第一稿は8月には出来上がっており、そこから提出の前日まで先生とやりとりした。西山先生の専門はフランスにおけるハイデガー受容と翻訳の問題なのでアルチュセールにはかすりもしないのだが、先生は僕の悪文をていねいに直し(コメントがいちいち辛辣なので笑ってしまったが)、「論文」なのかは謎だがとりあえずアルチュセールについての文の塊を生成し、無事卒業した。前のエントリでも書いた居酒屋酒瓶殴打事件の直前、卒業式で先生に「宮﨑さんはアルチュセール以外だと今何に関心があるの」と聞かれ、適当に「百科全書派と精神分析ですね」と答えると東大の王寺ゼミか原ゼミはいいかもしれないけど、宮﨑さんは在野研究とか向いてそうですねと言われた。適当言わんでくださいよォ~!あとは知る通りである。

 

 学部時代を振り返るとこんな感じだろうか。やっぱり最初は勢いがよいのだが改めて分かりやすく書いてみると見事に失速しているのがよく分かる。このブログのタイトルは「私のせい」なのだから僕の不勉強は僕以外の何にも帰責しないのだが、強いて言えば恋愛は大きな壁になった。恋愛すると何もできなくなるの、バカなのでは?まあ頑張れるのも女のためなのですが……。「ナメてんのか、お前」と塾長や父親にしょっちゅう言われたものだが、これじゃあそう言われても仕方がないのかもしれない。あ、でも一つだけ。『再生産について』を(もちろん邦訳で)2年かけて読破したことは唯一しんどくてもできたことであり、アルチュセリアンを自負する僕の誇りである。厚みで言えば大した量ではないが、線と付箋だらけの『再生産について』は僕の宝物であり、ベルクソン『時間と自由』以上の学部時代の財産だと思っている。

 

 僕が大学院に再度チャレンジすることになった経緯とそこからの半年は別稿に譲る。Au revoir!

中庸への意志 2021年総括

 この総括を書き始めてからというもの、毎年毎年「今年は特別な一年だった/忘れられない一年だった」と言っている気がする。考えてみれば、その一年が自分にとって特別でかけがえのないものであることなんてその都度自明であるはずなのに、それを言表することによって事後的に特別だったよね、と確認してその一年の価値を相対化してしまう。大学院試験で書きたくもない書類を生成するのと最近の人文思想界隈のジャーゴン化に完全に辟易してしまい、気づけば僕も「思想」「批評」「哲学」に疲弊してしまっていた。大学院に受かるかどうかは分からないけれど、一つよかったこととしては自分が何をやりたいのかを分かっていなかったことが分かったことだ。フランス語でアブストラクトを書いたり、フォーマット通りに研究計画書を作成したりしてみて、つくづく自分が研究者向きじゃないことを思い知る。働いて、良い配偶者を見つけて、静かに暮らすためのリハビリだと思いながら、逆説的ではあるが、大学院試験の準備をしている。僕にはもう、文筆で身を立てていくヴァイタルもないし、鋼のメンタルも当然持ち合わせてないし、何より、自分の知っていることを個人的な意味以上で誰かに知らせたいという気持ちもほぼゼロに近い。今年の3月にいきなり目の前がクリアになるような感覚でもう文章は書かないと言ったのとはまた別の感覚で、これは僕には文章を書く才能が――これから書く2021年のいささか人とは違った経験を経てなお――なかったということなのだ。何もかも自分のペースでやりたいというたち(みんなで何かをやる楽しさというのは高校生までで充分やったと今なら思える)なので同人で予定通り原稿が上がってこないとそれに意識を持っていかれていつまでもイライラするし、文章を書くことだけならブログでやればいい。学位論文は自分が満足するものを書くことが目的だし、別に昔持っていた自分の本を出版することへの憧れももうない。ただただ中庸に、健やかに、生きられればそれで満足なのだ。

 僕は今年で24になって、障害者で、無職で、しかし東京郊外の閑静な住宅地にある小ぎれいなマンションで実家暮らしをして今のところ何にも困っていない。親は仮に僕が40まで定職に就かなくても一向に構わないと言っている。しかしそれでは自分が困る。年金暮らしから脱して、勉強して、働きたい。同じ哲学科の友人は4年鬱病で臥せっていたところから1年勉強して大学に入ったから、彼は今の僕と同い年のときに哲学科に入ったことになる。彼は今社労士事務所で働いている。彼を見ていると、僕の置かれている状況なんか大したことはないなと思えるし、今の自分以上に辛い人はいっぱいいるのだろうという気持ちに自然となる。「今の自分より辛い人がいるのは当たり前」、こう思うことは結構難しい。事実、少し前の僕は「自分が世界で一番辛い」と思っていたし、「苦しみは相対化できるものではない」という文句を間違えて受け取っていた。自分より辛い人はいっぱいいる、こう自然に思えるようになったのは今年の3月に激烈な躁状態から、大学の卒業式の日に紹興酒の瓶で騒いでいた集団のうちの一人を殴り飛ばしてしまって留置場に入った経験からだと思う。

 今年の1月は酷い鬱で何もできず、六畳間の窓のカーテンを全部閉め切って明かりを消し、ずっと真っ暗な状態で布団にくるまって朝5時に起き夕方17時に寝て、UberEatsで頼んだマックかケンタッキーを食べ、バーチャルYoutuberをぶっ続けで12時間見て気絶していた。卒論の口頭試問の前後は嘔吐が止まらず、前日に渋谷のバーでラムコークとパスタを全部吐いたのを覚えている。2月の終わり(ウマ娘のアプリリリースぐらい)に躁転、3日4日眠れず40時間ぶっ通しでウマ娘をプレイし、そのままの状態で観たシンエヴァのデカ綾波で号泣。眼精疲労がひどく一番高い目薬を差しながら当時アニメでも放映していたウマ娘2期で抱きしめた枕を濡らし、毎晩うどんともずく納豆を食べながら同じ回を何回も観た。やがて寛解のような「スカッとさわやか」な気分が訪れると共に躁は悪化し、詐欺出会い系サイトに3万をぶちこむなどいよいよ行動は支離滅裂になっていった。いつもの中華料理屋で酒瓶を握りしめ、目の前で血を流してうずくまる被害者、「お前何やったか分かってんのか」と僕に向かって言いながら腰が引けて手が震えている周りの人間、顔面が真っ青になっている就職が決まっている修士の先輩を見つめる僕は、こんなことを言うと怒られるかもしれないが、「ついにやった」と思った。怒ると泣いてしまうためにいじめられてきた僕は、毎回気に食わないことがあると頭の中でそいつにどんな暴力を振るうか考えたものだ。正気の僕が振るえなかった一撃を、気に食わない、やかましいやつにぶちかました。そのことを、少なくともそのときは後悔しなかった。パトカーに乗ったときも、手錠をかけられたときも、足腰は真っ直ぐで、取り調べは朝の5時まで続いたがキマっていた僕は一切眠くならず警察に驚かれた。

 留置場で過ごした23日間は、忘れたくても忘れられないだろう。本当だったらウマ娘2期の最終話を観て、友達と上野から靖国を歩きながらビールを飲んで花見をして、新しく決まったバイトに出勤して……。結果論だが、僕は留置場と精神病院に入っていなかったら大学院(しかも、自分のレベルより遥か上の)にチャレンジするという選択を取らなかったことを考えると、「本当だったら」という仮定に大した意味はないように思われる。そこで出会った人たちは立場が様々だった。持続化給付金詐欺で逮捕、個々のケースのあまりの多さから再起訴と再逮捕を繰り返され半年以上留置場にいた10番さん。1500万会社の金を横領した(本人はしていないと言っていたが)5番さん。元いた会社にはめられ仕事をもらえなくなり路頭に迷い、住んでいたテナント下の飲食店からコーラやサイダーをパクって窃盗で留置場に来た3番さん。僕は4番だった。彼らは生活保護受給者だったり、やり手の営業マンだったり、オンラインカジノの元締めだったりした。彼らとは漫画の話で盛り上がったりする一方、僕が大学で何を勉強しているのかについて聞いてくると一様に首をひねった。「哲学を学んで、何になるの?」「何かの資格が取れるの?」、まあありふれた問いだと思う。人生を豊かにしたり、困難なときに考えるヒントをくれるので、意味はあると思いますと答えると、「お金稼げないじゃん」と言われた。しかし、留置場での過酷な日々(朝6時半起床、日中は取り調べか書類送検、夜は明日の調べや刑務所送りのことを考えて一睡もできない)は哲学を学んだ経験があったからこそどうにか乗り越えられたのだと思う。最初の書類送検のとき、護送車から靖国の桜を見た。本当だったら友人とはしゃぎながら見ていたであろう桜。僕の誕生日の訪れを知らせる桜。去年の春に元恋人と見た桜……。ことの重大さを今更知った僕は、護送車で手錠と結束ロープが繋がれたまま涙をこらえられなかった。もし相手が打ちどころが悪くて死んでしまったり、よしんば下半身不随だったりしたら、今僕はブログを書くことすらできていないだろう。担当の弁護士が有能で理解ある人だったこと、親の迅速な行動、そして奇跡的なことに検事と向こうの弁護士の仲が悪かったこと、様々な人たちの努力と運の甲斐あって僕は23日不起訴満期勾留で留置場をあとにした。23日の禁煙後に吸ったマルボロメンソールの肺に染みわたる煙と血中に浸透していくニコチン、香ばしく涼やかな味わいも留置場の思い出も相まって忘れることができない。僕が雑居房を出るときに5番さんが言った「こんなとこ、お前みたいなのは二度と来るもんじゃねえぞ。頑張れよ」という言葉も。

 見沢知廉が『囚人狂時代』で書いているが、常人であっても拘禁症状といって出所後に人ごみに出ると嘔吐したり錯乱状態になるが、精神異常者である僕がならない訳もなく、バイト先に挨拶と給料を受け取りに行った帰りに渋谷の地面がぐにゃりと歪むような錯覚、続いて自分が目の前の人を傘で殴る幻覚(ジョジョキング・クリムゾンを連想してもらうと分かりやすい)が見え、家まで50mのところで泣きわめいて友人に電話をかけたまま足がすくんでしまった。次にいつもかかっていたメンクリに行った足で入院が決まり、去年行ったところとは別の精神病院に入院することになった。コロナの関係で隔離室(ベッドとトイレしかなく、監視カメラつき)に1週間、普通の部屋に3日程度いた。スマホがいじれる分留置場よりマシだったが、電源はなく、毎日ナースに預けて充電してもらったものを朝もらうことになる。このとき僕が凝っていたのはタトゥーのデザインを考えること。カバンにたまたま入っていたノートとペンで色んなデザインを考えた。20の頃から精神状態が極限に達するとタトゥーを入れたくなるのだが、毎回親に止められていた。このときも親に止められて、もう親は僕がタトゥーのことなんかすっかり忘れていると思い込んでいるが、親の扶養を外れることができたらそのときは自分の生まれ年の梵字(丑年)とその菩薩様を背中に入れようと考えている。そのときに入れたくなくなったら、それはそのときで。このときに出会ったドクターとの相性が非常によく、エヴァVtuberの話でよく盛り上がっていた。病院を出たあとの初夏の日差し――結局僕は最も好きな季節の春を塀の中で過ごしていたことになる――が暑く、入院時に着ていたマックイーンのジャケットが汗ばんでいた。このあとの数日間が、僕の人生の中でもっとも死に近づいた瞬間であることを当時まだ僕は知らなかった。

 精神病患者でなくとも薬の飲み忘れは場合によっては致命的だが、僕は最も重要な薬(ロドピンベンザリン)を次のかかりつけ医の通院まで大体4日ほど飲んでいなかった。それを飲んでいなかった丸四日眠れず、ひたすらゲームをしたり音楽を聴いたりした。先輩に電話をかけていたら僕のあまりのマッドな様相を見た親が止めに入り、「寝ろ!」と言った父親に半狂乱になった僕を見て初めて父親が僕を恐れた。誰もいないリビングのソファに横たわって大好きなアイドルマスターシャイニーカラーズのメドレーを聴きながら5月の青白く燃える朝焼けを梟の鳴き声と共に迎えた不眠の3日目の朝、世界に神がいることの直観が降りてくるのが分かった。自分の行なってきたことどもの全てが有機的に意味付けされ、円環の全体として把握される瞬間が青空に飛ぶ鳥を見て理解された。4日目の朝、父親がトイレを使っていると思い込み(本当は明かりがついているだけで誰もいなかった)、マンションのトイレを使おうと思って外に出たらクライスラーの「愛の喜び」のビープ音とファミマの入店音が聴こえ、エレベーターに乗ると足がすくんだ。帰ってきたら起きていた父親に「色がある!色がある!」と絶叫、廊下に飾ってあるモンドリアンのレプリカにフルパワーのパンチを正確に四発叩き込んで倒れた。僕は「家族の肖像画を作る」と言って怯え切った母親をモンドリアンの絵の右に置き、父親を左に置こうとしたが、父親は僕のあまりのイカれ具合を理解せず(父親は狂気に憧れはすれど狂気を理解することはできない人だったし、また理解できないものとして理解しようとしなかった)、ひたすら自分が水を飲んだジョッキを洗っていた。その後、僕は飲みはぐっていた睡眠薬をようやく飲んでこんこんと眠った。起きた後、人生で経験した絶望が一挙に脳内に押し寄せるような感覚になり、頭が割れそうになった。泣き叫びながら母が昼飯にレンチンしていたチャーハンを手づかみで食べようとするも、顎が開かず固形物が喉を通らない。テレビのYoutubeエヴァの「甘き死よ来たれ」を嗚咽しながら再生し、僕はようやく息を整えた。というより、世界の辻褄が「甘き死よ来たれ」によってようやく合った、と言った方が正しいだろう。リハビリにはそんなに時間はかからなかった。駅前に一人で行けるようになるまで二週間。電車に乗れるようになるまで一か月。下宿との往復ができるようになるまで二か月。同人を発足するまで二か月。院試の勉強を始めるまで四か月。バイトできるようになるまで半年。そうやって、僕は今なんとかスタートラインに立てている。この騒擾の日々がなかったら、きっと僕は引き払っていない下宿にもそれなりに慣れて目標もなくフリーターをしているだろうし、だからこの2021年は僕にとってのリセットの年だったのだ。昔の恋人に会って話をした(院を受けようと思ったのは彼女の影響もある)。たくさん誰にも見せない文章を書いた。後輩と計何十時間も電話をした。一番尊敬している先輩に一番弱っているとき面倒を見てもらえた。これから先も友人でありたいと思うかけがえのない友人2人と出所後下宿でピザパーティーをした。そんな忘れがたい思い出ができたのも、今年の出来事である。

 

 締めくくる前に、自分の備忘録としてある出来事と自分がこれからやりたいことを書いておきたいと思う。精神病院から出た後の錯乱の最中、僕は大学時代のサークルの先輩とLINEのやり取りをしていた。彼は体躯が大きく筋骨隆々で(武道を修めている)、大学を中退しているが読書量は僕が会ったことのある人の中でも随一の教養人だった。アニメには一家言あり、所属していた別のサークルでは合評会などもしていたらしい。不安状態、あるいは錯乱状態にある人間を相手にして簡単でありながらなかなかできることではないのが「話を聞く」ことだ。同期は僕の電話攻撃に音を上げていたが、先輩は僕が電話をかけてもLINEをしても全く拒否を示さなかった。それどころか、僕の地元まで遊びに来てくれたのだった。もしかしたら、彼からしてみればなんということはなかったのかもしれないが(一緒にラーメンを食べて喫茶店と渓谷に行き、商店街をぶらぶらしただけ)、僕は恐らく生きてきて最も過酷なときに親身になってくれた先輩と一緒に遊んだその日のことをきっとずっと覚えているし感謝している。

 僕は、また別の先輩に言われたことで強く印象に残っていることがある。「人間は体を動かさなきゃダメ」。要するに、机に向かって勉強するのも大事だが、体で応用しなければいけないということである(と勝手に解釈している)。その意味で言うと、僕は教育の現場に将来的には身を置きたいなと思っている。しかも、発達障害や引きこもり、不登校児が学校に行かずとも親とは別の仕方で学び、また教師も教わることができるようなフォーマットの開発をこれまで自分が携わってきたことが活きるような形でできれば、それに越したことはない。具体的には、「良心の陶冶・知性の涵養・精神の倫理」の原則が個別~少人数の幅で「臨床的に」かつ「装置における暴力性が最小限において」実現できること。本当は、というか僕はシュルレアリスム文学とかを読んでいたわけだから、そんな人間が「良心の陶冶」とか言い出してもプププーみたいな感じかもしれない。

 しかし、僕にはこの2021年を通じて「善く生きる」義務が生まれたと思っている。留置場の2番部屋の天井を眺めながら、「もし外に出れる/出れないとしたら、それはどういう意味なのだろう?」と考えていた。「まだ外でやるべきことがある」、という声を聞いたとするならば、それは何をやるべきなのだろう?と。まだ何が「善い」ことなのかは分からないが、僕は「善さ」について、これからの人生で考えることが、僕に与えられた哲学からの課題なのだと思っている。

 

 来年は穏やかに、変化のある1年にしたいですね。皆様におかれましては、よいお年を。

Spotifyの今年聴いた曲ベスト5にレビューをつけてみる

 院試対策と同人誌の準備を同時進行、なおかつ季節性の鬱病に臥せりがちな12月の幕開けにこんな現実逃避のエントリをしたためている場合ではないのであるが、どうせひっくり返ったところでいきなりフランス語ができるようになるわけではない。今日も過去問の単語が両手で数えるぐらいしか分からず喫茶店で冷や汗をかきながらタバコを吸った。ナット・キング・コールを聴きながら帰り道に飲んだファミマのコーヒー(バニラシュガーマシマシ)の味に、5年前初めて躁鬱を発症した冬を思い出し、もうそんな季節かと感慨深くなると同時にそろそろ時計の針を進めなければならないのを身に染みて感じる。

 

 エモめに書き出した冒頭はさておいて、サブスクの年間ベストや総再生時間がまとめて表示される季節が今年もやってきた。音楽の趣味までスマホに管理されてたまったもんじゃないわい、ワシは汗臭いディスクユニオンタワーレコードで誰も聴いていないレア音源と新譜をディグして無圧縮でPCにインポート、俺だけのディスコグラフィを作り上げるんじゃい!と気炎を上げる向きもあるかとは思いますが、利便性には逆らえないのが世の常。ワタクシもクラシック音楽オタクでクラスの皆がポケモンをやり攻略本を読み込んでいる間血眼で父親のコレクションをiPodに入れては評論本を読み漁っていた頃から15年余りの時が過ぎ、今ではコンビニのイヤホンでSpotifyからシャッフルでアニソンしか聴いていません。それでも僕が高校生のときはいわゆる「楽曲派」オタク達がその年の新譜ランキングをPitchforkよろしく発表したりしていて、結構自分の聴く音楽に自分を代弁させることのキモさが浄化されないままエグみと共に面白味として昇華されていたものだ。僕も真似でランキングを作ってみたりはしたものの、新譜がほとんどないというところに自分のアンテナの感度の低さが露呈するようで恥ずかしくなってやめた。今年聴いたものも新しいものづくめではないので、結局なんやかんや言いつつも古いものが好きなのだな、と思う。

 しかし、何故こんな切羽詰まった状況に、しかも随分前に擦られ過ぎて擦り切れた年末楽曲レビューをやろうと思うに至ったかには理由がある。どちらも共通の知人を介しての繋がりがあるのだが、ご両名ともすばるクリティーク賞を獲得されている赤井浩太氏と西村沙知氏(西村氏に関してはTwitterでの繋がりしかないが、いずれお話してみたい)の書く文章に、久々にブッ飛んでしまったのだ。赤井氏に関しては、既に2019年受賞作「日本語ラップ feat.平岡正明」(こちらは未読)がデビュー作だが、先日発売された同人誌『ラッキーストライク』におけるK DUB SHINE論は鮮烈だった。ヒップホップにおけるポリティカル・アイデンティティをあらかじめ喪われた「父」の問題をレフティに簒奪されるべく用意されたライトウィングの根城(フッド)の存在論に読み替える批評が、かつてあっただろうか?そしてその実際的な問題設定が、押韻にまで連結される手つきたるや見事である。西村氏に関しては2021年度受賞作「椎名林檎における母性の問題」をまだ読めていないが、クラシック音楽批評webマガジン『メルキュール・デザール』掲載の文章を数本読んで、思わず唸ってしまった。例えば、リゲティグリッサンドに対する「鋭角的」という表現やマーラー大地の歌』を「壊れ」とする表現自体には何の目新しさもないのに、西村氏がリゲティマーラーを語るときに思わずこぼす「間奏」、「内声」、「ドローン」といういわば「下部構造」への鋭い視線が、クラシック音楽を深く知る人間であればあるほど腹の底がひんやりするような納得感をもたらす。思うに、音楽批評とはボキャブラリの豊かさではないのだ。赤井氏がヒップホップのライミングの必然性はフッドをめぐる階級闘争の必然性であると語る切り口や、西村氏が現代音楽を快楽という視点を保ちながら自由になりつつ――それこそ「江藤淳蓮實重彦東浩紀」の磁場から遠く離れて――おそろしい響きに対して「この響きは、こわい」、面白くない響きに対して「この響きは、つまらない」と書きつけるデリカシー(注に付するまでもないと思いますが、このデリカシーとは極限的に肯定的な意味です)を、僕はまさに批評のコンテンポラリーであると思う。しかも、二人ともすばるクリティーク出身で、二人とも音楽批評であるという点に、共時性のようなものがある気がしてならない。そんなわけで刺激を得たものだから、僕も見様見真似をやってみようと思った。とはいえ、別に賞に出すわけでもないしブログで年間ベストにキャプションをつけるだけだから、「批評」になるわけでもなし、ただの感想文ですが、一応音楽評論は僕のルーツでもあったりするので、勉強の息抜きに書いてみます。

 

5位 グッドラックライラックGATALIS


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 この後に続く名取さな「アマカミサマ」も田中秀和、1位の月ノ美兎「ウラノミト」は広川恵一なので、「結局お前MONACAが好きなだけじゃん」と言われればそれまでなのですが、まあ数字上で実際聴いてると出ているわけですからね……。正直僕は吹奏楽部出身の割に和声の知識や音感の類が一切なく、オーギュメントがどうのこうのとか言われてもさっぱりで、「なんかエモい」「半音上がった」以外の感想が出力しづらいのだが、この曲はホーンをブリブリ鳴らしたり(Happy CloverPUNCH☆MIND☆HAPPINESS」)、変拍子を入れてみたり(灼熱の卓球娘「灼熱スイッチ」)という奇策に打って出ることはないものの、確実に田中秀和の手触りを感じる。田中秀和といえばオーギュメント(どうやらサビ頭でトニックとかいうので解決する拍にオーギュメントを持ってくるのが独特とからしい。なんも分からん)みたいなイメージがあるが、田中の強みは上に挙げた2曲の例に顕著だがオーケストレーションの妙にある。しかも、単純にコード上でぶつかる音を違う楽器で鳴らすとかいうレベルではなく、音選びが常に生々しく、厚みのある編曲で複雑な進行でも見通しがいいのがやはり圧倒的な才覚である(これは広川恵一にも言えるが、田中の編曲が往々にして音選びがグロテスクになるのに対して広川はつややかで艶めかしい印象を与える。「ウラノミト」でも言及するが、『アイドルマスターシンデレラガールズ』収録の「オウムアムアに幸運を」でも顕著なようにシンセサイザーの音の重ね方に広川は執心しているように思える)。「グッドラックライラック」は音像がグロくなることがなく、どこかはかなげな抒情美を湛えて「愛が咲き乱れてる」と歌いあげる美しさにおいて比類がない。留置所と精神病院から出てきてほぼ再起不能になっていたとき、どんなに実現不可能な夢でも、続きを聞かせてほしいんだと遠くから呼びかけてくれたこの曲への感謝は尽きない。ちなみに少しネタバレをすると来年5月に出る同人誌の僕の原稿のエピグラフはこの曲です。

 

4位 アマカミサマ/名取さな


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 「グッドラックライラック」が必要最低限の音数で構成されていたのに対し、ブリブリ鳴るベース、うねる電子音、多用されるキモいコードなど、「秀和劇場」ここに極まれりといった観がある。田中秀和の話は大分上でしたのでもういいとして、折角名取さなの曲なのだから名取さなの話をしよう。このランキングでも5曲中3曲がVtuber僕は本当に恥ずかしい人間です)であることからも分かる通り、Vtuberが歌ったり歌手デビューしたりすることはごくごく一般的な事例となっている。そういう意味で、2021年はVtuberの歌シーンに動きが出た一年だった。何よりも月ノ美兎がメジャーデビューし、普段の配信からも見え隠れしていた蠱惑的でエロティック(が、決してうまくはない)なヴォーカルが「ぼくのかんがえたさいきょうのさっきょくじん」によって魔改造され、彼女のファーストアルバムがドロップされたかと思えば、星街すいせいが『Still Still Stellar』、あるいはTAKU INOUEとがっぷり四つに組んだ「3時12分」でソウルフルなディーヴァとしての地位を確立し、そんなに話題にはならなかったが事情通の間で宝鐘マリンは「Unison」でフライング・ロータスやジェイムズ・ブレイクと肩を並べたとまことしやかに囁かれていた(嘘です)。翻って、名取さなである。彼女の声の強みは、「何もない」ことにある。月ノ美兎のエロティシズムも、星街すいせいのブラックな力強さも、宝鐘マリンのオーヴァーダブによる酩酊的な声の連鎖もここにはない。いつかオタク君が幻視したであろう、隣の席のやたらとインターネットに詳しい女子のファンタスムが「アマカミサマ」に浮かんでは消える。田中秀和のクセの強い編曲に対して「あ、秀和だ」と思わせる以上の感情を抱かせないという意味で、名取のヴォーカルの零度は極限に達している(褒めてます)。かの「さなのおうた」が感動的たりえたのは、名取が「普通に『いそう』な女の子」であることに徹していたからである。「アマカミサマ」は、プロが調理した虚無である。良い意味で。

 

3位 GOD SAVE THE わーるど/銀杏BOYZ


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 死ぬまで銀杏BOYZを聴き続けるのかという問いは誰しも(誰しも?)あるところだが、僕は少なくとも10年間銀杏を聴き続けている。親の声より峯田の声を聴いているし、ライブにも2回行った(ライブに行ったロックバンドは銀杏とキング・クリムゾンだけである)。峯田にはもう昔のような破れかぶれさはない。体力もない。ライブの最後の方は明らかにバテている。それでもマイクに食らいつくのが滑稽ですらある。それでも銀杏が好きなのは、峯田の内面が成熟していることが分かるからだ。「国道沿いのホテル/硝子のテーブル/ふたりで聴こっか/あのバンドのアルバム」という一行に喚起させられるイメージの豊かさは、アコギ一本で「朝立ち」を歌って「朝の光にあなたの顔が沈みゆく/まるで僕をゆるしてくれそうな/朝の光にたばこの煙が溶けてゆく/まるで僕の葬式みたいだな」と表現した若い峯田の感性から変わっていないどころか、いつか聴いたロックバンドのアルバムをかけるノスタルジーへと峯田は成熟していることの証左なのだ。「GOD SAVE THE わーるど」は祈りの曲である。「すべてのことが起こりますように」と願う彼は、「世界がひとつになりませんように」と願った彼でもある。銀杏を聴かない日が来るとしたら、僕が峯田の背中を追い越してしまった日だろう。メロディラインのリリカルな美しさは『ねえみんな大好きだよ』の中でも白眉である。

 

2位 Starry Jet/星街すいせい


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 宝鐘マリンがポリリズムのラフロードをガタピシ言いながら走る沈没寸前のレーシング・カーとするならば、星街すいせいは21世紀令和の日本に突如として現れたグランド・ファンク・クイーンである。……などという世迷い言を吐いては正気を疑われるかもしれないが、本当なのだからしょうがない。星街すいせいの配信には触れないことにして(というのも配信者としての彼女のことは僕は嫌いなので)、ここでうねるベースや炸裂するホーン、急き立てるようなスリリングなギターのカッティングを切り分けて登場する彼女のヴォーカルは異常な熱気とヴィヴィッドさである。清竜人25岡村靖幸の再解釈をいささか突飛な形で成就させてしまった後、J-POPにおけるファンクはKing GnuOfficial髭男dismにメジャーストリームでは吸収され、海の遥か向こうではThe 1975が「白人ロックにおけるダブとファンク」の再構築に四苦八苦している最中に、Vtuberがいともたやすく現代ファンクの再解釈を成し遂げてしまった。「3時12分」では「ポップス」という表現が持つ前衛の極北みたいなことをやっておりこれもこれでかなりビックリするのだが、「Starry Jet」はかつて東京女子流が『Limited Addiction』までやろうとしていた「アイドルファンク」(なんじゃそりゃ)を2011年から10年の時を経て推し進めた風さえあり、アイドルポップスのみならずポップスを聴く者は『Still Still Stellar』は必聴。「Je t'aime」「Blue rose」も逸品(一方でただのアニソンみたいな曲はあるが)。そもそもファンクとはなんなのか、バーケイズやJackson 5まで遡らなければいけないのか、みたいな議論は置いといて、夜空を駆けるストリームに思いを馳せよう。

 

1位 月ノ美兎/ウラノミト


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 ポップスにおけるエロスとは何かを知りたければ月ノ美兎のヴォーカルを聴けばよい、とはele-kingにも書いてあることですが(書いてません)、名取さなの朴訥さ、星街すいせいのねっとりと伸びて黒光りする声質とも違って、月ノ美兎の「声」は淫靡としか言いようがない。メロディラインがエロティックだとかいう話とは違って、物質としての「声」の現前がたまらなく性的だということである。配信中にくだらない下ネタでけらけらと笑う彼女も、「どっちを選んでも ひとりの女 ひとつのカオス」と歌い上げる彼女も、その「声」の磁場に囚われ、そしてこちらを捉え返そうとしてくる。一度月ノ美兎の「声」に魅入られた者はその磁場から離れることが困難になり、「ウラノミト」全体を支えるバカテクベースやクリーミィなシンセサイザー、丁々発止のドラムが作り上げる艶やかで色彩的な音空間から逃れることはできない。この記事を書いている丁度今日(日付変わって昨日)、キズナアイの無期限休止が発表された。Vtuber界「第一の」パイオニアが事実上の引退を告げ、5年の歴史に新たなピリオドが打ち込まれる。ここからは月ノ美兎の世紀が始まる。月ノ美兎は、そのトーク内容や企画の目新しさによって上り詰めたのではなく、「声」によって上り詰めた。「ウラノミト」は月ノ美兎の持つ「声」の特性を活かすべく、広川恵一の偏愛的なまでにジャジーで陶酔的なサウンドメイキングがなされている。「オウムアムアに幸運を」で女性ユニゾンに対するシンセサイザーのぶつけ方はELO的なそれであったが、「ウラノミト」は面ではなく線の絡まり合いによって音が立ち上がっている(これで言えば宝鐘マリン「Unison」は完全に点である)。『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』は、アルバムとしては正直いまひとつである。それぞれのクリエイター陣がそれぞれに個性を出しているので、アルバムとしてのコンセプチュアルな統一感には欠ける。しかし、表題曲からの「ウラノミト」の流れは、ほとんど奇跡的なまでの10分間であることを約束しよう――ヴァーチュアルが見せる、ひとときの淫らな夢の奇跡。

 

 なんだか結局散漫になってしまった……。思うに、音楽批評というものは、音楽を批評するのではなく、音楽に反照する意識を相対化することであり、その相対化の手段に政治や歴史が絡んでくるのだろう。「ベスト〇〇」では趣味の偏りが出るのは当然だし(一時期映画を年100本以上観るのをノルマにしていたことがあるが、そういうのは別)、結果的に田中秀和Vtuberの曲が多くなってしまうのは致し方ない。西村氏が批評を書くということについて「経験が言葉に落ちてくる」と表現していたが、僕は比較的経験が言葉に落ちてくるのが早いというよりかは、経験を言葉にするのに慣れてしまった。それはあまりよくないことだと思うし、言葉ありきで経験があるのではない。思わず涙してしまうとか、鳥肌が立つほどかっこいいとか、そういうのの方がよほど重要だとさえ思う。

 音楽批評が何故今ホットなのか――これは私見だが、音楽は一定の圏域で共有可能なグランドセオリーなのだ。人文・社会系の学問を例に取れば、「プルーストが専門です」「ハイデガーの現存在を研究しています」が「オシャレ」で「カッコいい」時代というのがあって、それは僕より少し下の世代で最後だと思う。さらに下の世代になると、ケアの倫理やジェンダー論、セクシュアリティをやるのが「オシャレ」で「カッコいい」という風潮になる。何も「オシャレ」で「カッコいい」から学問をやるのが悪いわけではミリもなくて、僕だってアルチュセールやルソーを読むのが「オシャレ」で「カッコいい」と思っている。その美意識や価値観というのは、小さい頃にポケモンやモンハンを輪の中に入ってやっていたかとか、電車に乗れば渋谷や新宿に出ることができて最新型のゲーム機を買ってもらえてたかとか、それこそCDを必死こいてiPodに入れる必要もなくサブスクで音楽が聴けてしまうとか、そういうのだと思う。だから、今の19~20歳ぐらい(「Z世代」?)は速度という点でダントツである。共有していたグランドセオリーがない子たちなのだ。だから、彼ら彼女らは速度を求める。「初音ミクの消失」よりも速いBPMで、音ゲーの鍵盤を無表情で叩きまくる。僕らや僕の少し上の世代はギリギリレディオヘッドを皆(皆?)聴いていたし、ビートルズを聴いていなかったらバカにされたし、学校の放送で銀杏BOYZを流した。大して好きでもないRADWIMPSの曲は24の今でも大体口ずさめる。音楽は郷愁であり、未来である。菊地成孔が『粋な夜電波』で「音楽には過去の時空と未来の時空が同時に流れ込んでいる」と言ったが、まさにそういったわけで音楽はひとつの背景なのだ。Z世代の彼らは、ボーカロイドを聴き、煙草が吸えなくて当たり前のファミレスでミラノ風ドリアを平らげ、Vtuberに恋をする。別に僕はそれでいいと思う。いつしか我々も淘汰される日が来たならば、老人ホームで爆音でAC/DCを聴きながら踊り狂って失禁するまでのことである。「批評」は、死にゆくもの、既に死んだものを取り返す作業でありながら、その作業自体がつねにすでに過去のものになることに自覚的であることを強いる。音楽批評は、来たるべき我々の葬礼への序曲なのだ。いずれはZ世代や後の世代に葬られると知りながら、自らの体験や現象に意味や形を与えること。そしてこれはちょっとした僕の希望なのだが、未来にある「現在」に、そっと「過去」を忍ばせるような形で我々から彼らに手土産を渡せたら、秘伝のタレみたいに継ぎ足し継ぎ足しで音楽に限らず批評の「伝統」というものができるのではないだろうか。結局、草の根の我々にできることは「現在」を記述することである。その年の再生数が多かった曲に簡単なコメントをつけるぐらいの簡単なことから、何事も始まるものだ。