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思考停止

映画、本、音楽、など

クラシック音楽愛好家が聴かないクラシック

僕の所属しているサークルで同人誌を出すらしく、最近あまり気合いを入れて文章を書いていなかったので、久しぶりにまとまったものを書こうと思い、割としっかり書きました。割としっかり書いたら一万字弱にはなったのでまあ満足です。その同人誌は実際サークル員とそのOBくらいしか読まないそうなので、インターネットの海に放流した方が文章としても本望だろうということで丸々転載します。著作権的には僕の書いたものだしたぶん問題ないでしょう(そもそも同人誌だし)。「クラシック音楽愛好家が聴かないクラシック」というタイトルで個人的に好きなマイナーなクラシック音楽の楽曲三曲についての評論めいた感想です。

 

 

 

  クラシック音楽のコンサートに頻繁に足を運ばなくなって久しい。まあ、単純に金がないということもあるのだが、一番の理由はそこではない。第一コストパフォーマンスなどというものは並べて相対的でしかあり得ないので、金を払う価値があると私が判断すれば、なけなしの私物を叩き売ってでもコンサートには行くのである。

 コンサートに一、二度行ったことがある人ならば分かると思うのだが、入場するときに膨大なチラシの束をもらう。薄手のビニール袋で、そのコンサートの近日に行われる演奏会のチラシ数十枚(もしかしたら百枚弱程度ぐらい)が入っている。最近のクラシック音楽シーンの最先端の様子を見たいのであればそれを見てもいいし、更にしっかりと閲したいのであれば同封されている「ぶらあぼ」という音楽情報誌のフリーペーパーを読めばいい。どちらにせよ、目に入ってくる情報は一緒である。オーケストラのコンサートに的を絞ってみればそれは以下のようになるだろう。即ち、ベートーヴェンブラームス交響曲ワーグナーのオペラ・ハイライト、ラヴェルドビュッシーのフランス音楽プログラム……微妙な異同はあれど、かなりの割合で同じ文字列が観測できる。つまり、現状の日本のクラシック音楽シーンはそういうことであり、もう少し言うならば演奏されるレパートリーが完全に硬化を起こしている事実を如実に示している。演奏家の話をするにしても現代音楽の巨星、ピエール・ブーレーズ古楽の両雄であるフランス・ブリュッヘンニコラウス・アーノンクールなどが次々と亡くなっている現状は、スター不在のゼロ年代を経て、我々は喪失のテン年代を生きているのだ、と言わせるに如かない。演奏家論は本稿のテーマとは異なるので詳しくは論じないが、クラシック音楽が再現芸術であることをその性質として孕むのであれば、クラシック音楽「シーン」というものがもはや一つの限界に達してきている、ある種の臨界点がまさに今なのではないかということを我々は今一度考える必要がある。

 では、そのような音楽シーンを許容しているのは一体誰なのかと問われると、それもまた我々であると苦々しい顔をしながら呟くしかない、というのもまた認めざるを得ない現実ではある。つまりそれがややスノッブなトーンで語られるところの「愛好家」であり、クラシック音楽を好んで聴く人々である。彼ら、ないし我々は何百回、何千回とベートーヴェンの同じ番号の交響曲の違う演奏を聴いてはああでもない、こうでもない、と侃々諤々の議論を戦わせる。古くは戦時中に録音されたヴィルヘルム・フルトヴェングラーアルトゥーロ・トスカニーニのそれであり、最近のベートーヴェン録音であれば二〇一一年に発売されたリッカルド・シャイー(DECCA)の交響曲全集は好事家の間で話題沸騰のディスクだったと言える。しかし、である。半世紀前、ともすれば一世紀前の録音で同じ曲の違う演奏を聴くという行為そのものが、あまりにもノスタルジックで倒錯的である、とは言えないだろうか。無論その行為を好んでしてきたのは(筆者を含む)我々であるが、その再現性に対してクラシック音楽は無邪気なほどに開き直ってしまう。「そういう音楽だから」、と開き直って延々とベートーヴェン交響曲を聴くという営みが無価値であるというつもりは一切ない。だが、それが懐古趣味とフェティシズムに基づいた極めて屈折した行為であることを引き受ける必要がある。そして、今のクラシック音楽シーンは、その屈折を引き受けずに、ただただクラシック音楽という一ジャンルが博物館の骨董品よろしく展示され、ひび割れていく過程を見守るに過ぎない「喪失の時代」なのだと言ったところで、我々クラシック音楽の「愛好家」は拳を握りしめて俯くよりほかにない。私がクラシック音楽のコンサートから足が遠のいてしまったことの一つの原因は、他ならずここにある。

 

 それでは、クラシック音楽はとうに死んでしまったのだろうか。「愛好家」が死体に群がるハイエナよろしく既に「終わった」音楽にわらわらと集って仲間内で舌なめずりをし合う、グロテスクな音楽でしかないのだろうか。そうではない、というのが本稿の趣旨である。ただ、古くは吉田秀和宇野功芳に始まり、直近では許光俊鈴木淳史といった音楽評論家が教えた「聴き比べ」-つまり一つの曲を複数の演奏で聴くことによる楽しみ-を広く「愛好家」に浸透させたことに疑いは差し挟めないだろう。どころか、クラシック音楽の楽しみはイコール「聴き比べ」であるかのような強度を持って「愛好家」たちはそれを受け入れてきた。無論、その楽しみ方はクラシック音楽の滋味の一つであることには全くの懐疑はないし、それによる豊饒な趣味の世界は確かに存在する。しかし繰り返しにはなるが、それはフェティシズムノスタルジアによるところが大きい、ということを自覚するのとしないのでは当ジャンルへの向き合い方としてかなりの隔たりがあると言える。上記した音楽評論家はいずれもその「ジャンルと言葉」に対する批判意識をそれぞれのスタイルで文面に滲ませていたが、受け取り手である我々はそれをどうしてもナイーヴに受け止めてしまった、ということには向き合わなければならない。Google検索で「作曲家 交響曲の番号」と任意の変数で検索してみればよい。その批判意識に向き合うことなしに、あまりにも無邪気にクラシック音楽フェティシズムに耽溺している人々の多さは、枚挙に暇がないという事実を目の当たりにすることができる。

 そのような行為に対して我々が取りうるクラシック音楽に対しての身の振り方、しかもある種の構造転換を行えるほどの、というのは、やはり日の目を見ない作曲家の楽曲に対して、我々自身が持てる言葉で向き合うという以外ないだろう。そのような試みをしてきた批評家(「評論家」ではない)は、現時点では片山杜秀を置いて他にいない。彼の方法論は膨大すぎるほどのアーカイヴと異常なまでの記憶力によって初めて可能になるものであり、私の拙稿が及ぶところでは到底ない。しかし、ここでは片山やナクソスレーベルなどによって取り上げられることがなく、かつインターネットなどでも記述が見られない、もしくは少ない作曲家の作品をわずかばかりだが取り上げることで、「愛好家」のレパートリーをより豊かにすることができればよいと思う。

 

 

一.ヴァージャ・アザラシヴィリ-無言歌(Vaja Azarashvili-Song Without Words

 

 ヴァージャ・アザラシヴィリは一九三六年に生まれたグルジアの作曲家で、チェロを響きの主軸に据えた楽曲が多い。作品はチェロ協奏曲やチェロ、ヴァイオリン、ピアノの編成による「夜想曲」などがあるが、中でもこの「無言歌」は指揮者の山田和樹が演奏会のアンコールで取り上げるようになってから知名度を大きく上げた。基本的には十本のチェロとピアノの編成で演奏されるが、メロディの展開とその構造が極めて単純であるため、編曲の試みもその知名度に対して決して少なくないと言える。とはいえ、グルジアという国のクラシック音楽のイメージのしづらさ(鈴木淳史「駅売り名盤を探せ!」、『クラシック・スナイパー3』所収、青弓社、二〇〇八年にはグルジアのオーケストラについてのほとんど唯一と言っていい記述があるものの)や作曲者のアザラシヴィリの音楽史上の位置づけの難しさもあり、国内でのファンの数は未だそう多くない。

 「無言歌」についての記述を始める前に、アザラシヴィリの作風について簡単にまとめておきたい。とりわけ当作品や「夜想曲」などにおいて顕著であるのは、息の長いフレージングを想定した歌謡的な旋律線と、ときに陳腐すれすれのところで甘ったるくなる伴奏声部の不意打ち的なロマンティシズムである。また、構造的カタルシスには乏しく、一つのフレーズを繰り返しながら転調させていく、どちらかというとロシアの作曲家に比較的見られる作曲パターンと言える。そこにチェロの中音域から高音域を使用した温かみのある音色を加えることで、独自のノスタルジアに満ちた世界観を打ち出している。二十世紀の中盤やや初めの生まれでありながら調性音楽にしっかりと根差している作風は、アザラシヴィリがアカデミックなヨーロッパの気風(ドイツやフランスなど)とはやや外れたところで作曲活動を行えたということ、またクラシック音楽そのものの進歩というよりも、自国のフォークロアな部分をどのようにしてクラシック音楽に落とし込むかという部分をテーマとして掲げていたであろうことに起因していると考えられる。ちなみに、同時代のヨーロッパの作曲家では、コーネリアス・カーデュー(英)やヘルムート・ラッヘンマン(独)が挙げられる。言うまでもなく彼らは無調や前衛音楽の旗手であるが、この事実はいかにアザラシヴィリが音楽史的な共時性とは無縁の部分で自らの作風を作り上げていったか、ということを如実に示しているだろう。

 「無言歌」のルーツについては、詳細に当作品を調べている「Langsamer Satz」というサイトにてその記述があるので、そちらに譲る(http://nailsweet.jugem.jp/?eid=1295)。作品の構造としては極めて単純で、弱起を伴った四分の三のリズムでノスタルジックな八小節の主題がハーモニーや調性を変えて何度も変奏されるだけであり、転調もピアノのブリッジをきっかけに半音上昇するという低難易度の合唱曲などでよく見られる手法である。しかし、この作品のともすれば時代錯誤的とすら言える、恥ずかし気もないロマンティシズムの発露-このあまりにも素朴なテクスチュアは、そもそもこの作品がグルジアの民謡であることを思わせるに十分である-を、我々は心のどこかで待っていたのではないか。クラシック音楽における、ときには陳腐なほどのロマンスを作風として持つ作曲家としてチャイコフスキープッチーニなどが挙げられるが、彼らの管弦楽法は極めて緻密であることで知られている。特にプッチーニの『トゥーランドット』におけるテクスチュアの複雑怪奇の様相は、シェーンベルクを凌駕するとまで言われるものである。彼らの細密なオーケストレーションはよりその歌謡性を引き立たせるための巧みな演出であり、その「巧さ」が鼻についてしまうことがあることは否定できない(チャイコフスキープッチーニも筆者が嫌いなわけではないが)。対してアザラシヴィリの「無言歌」は、そもそもチェロが十本とピアノという他にあまり例がない編成で、複雑な声部同士の絡み合いを見せることはなく、ただただグルジアの民謡を熱烈に歌い上げる。ドラマもなく、テクスチュアもなく、ときにはリズムすら演奏者の過剰なルバートによって溶解してしまう。そこにあるのは巧まざる「歌」であり、その不器用ながら必死にグルジアの心を歌い上げようとするアザラシヴィリの姿に、我々は心を打たれるよりない。

 この「無言歌」のもととなったグルジアの民謡の原題は「Dgeebi Midian」、直訳すれば「過ぎ去った日々」となる。どこまでも続くかのようなチェロの旋律線がふと途切れ、強靭なピアノの打鍵を契機として十本のチェロが一斉に転調された冒頭の主題を歌い上げる、というよりむせび泣くとき、我々は「歌」というものが喚起する複数の情動に対して思いを馳せずにはいられない。それは、はからずも日本人が大切にしてきた数々の「うた」の魂と、奇しくも呼応する瞬間ではないだろうか。たとえ、それが昔日のものであったとしても、である。

 演奏は、現時点で編曲版ではなく原曲のアレンジで聴けるものとしてサンクトペテルブルク・チェロ・アンサンブルによる「夢のあとに/白鳥~癒しのチェロ・アンサンブル」(一九九三年録音、キングレコード)がある。輸入盤ではなく国内盤のみのプレスとなっており(なのでアルバムの題名はかなり酷いが…)、入手も安価かつ容易で非常にクオリティの高い演奏である。Youtubeでも同じ団体のライヴが低画質ながら見ることができる(https://youtu.be/JOVDYAcWYR0)。また、作曲者のアザラシヴィリ本人が「Dgeebi Midian」を熱唱している動画があるのだが、「無言歌」のイメージを損ないたくないのであれば、観ないことをおすすめする。「Dgeebi Midian」はグルジア人にとっての「天城越え」のようなものなのだなあ…などという偏見を持つこと請け合いである。

 

 

二.ジェイムズ・バーンズ-交響的序曲(James Barnes-Symphonic Overture

 

 弦楽器の後は管楽器、しかもあまり顧みられることのない吹奏楽というジャンルから選んでみたい。そもそも、吹奏楽という音楽のジャンルは極めて特殊、というよりも奇形的ですらある。なぜなら、そこではリスナーとプレイヤーの立ち位置が完全に逆転しているためである。プレイヤーの数はアマチュア・プロフェッショナルを合わせて相当数に上る一方で、純粋なリスナー(例えば楽器はできないけれども吹奏楽は聴く、というような)がどれほどいるのか、まったく見当もつかないほどである。かくいう私も吹奏楽経験者であり、もし吹奏楽をやっていなければここで紹介する作品は一生知ることがなかっただろう。しかし、それは非常にもったいないことである。

 吹奏楽の歴史は意外にも古く、最も歴史的なものとしてハイドンベートーヴェンが遺した「ハルモニー(Harmonie)」というジャンルがある。とはいえ、古典派~ロマン派当時の技術ではナチュラル・ホルンやトラヴェルソといった発展途上の管楽器ではそれのみで一定の時間と構造を擁した作品を作ることは難しく、結果的にあまりこの形態は発展しなかった(メンデルスゾーンベルリオーズによる試みはあったものの)。管楽器がそれ自体として脚光を浴びることになるのは二十世紀に入ってからで、吹奏楽史上のメルクマール的な作品が登場することになる。即ち、ホルストの「吹奏楽のための組曲」(Suite for Military Band)である。ホルスト組曲「惑星」の一発屋のように語られることがどうしても多くなってしまうが、吹奏楽の方面では「惑星」と同じかそれ以上に「イチクミ」(「吹奏楽のための組曲」の「第一」(「第二」も存在する)の略称で、吹奏楽関係者にはこう呼ばれることが多い)の作曲者としても知られている。構成はシャコンヌインテルメッツォ、マーチによる三部構成であり、対位法の使用やシャコンヌを含む三楽章形式などバロック音楽を意識した完成度の高いもので、その後の吹奏楽作品の様式に大きく貢献した。その後、ストラヴィンスキーヒンデミットなどによる刺激的な吹奏楽作品が作曲されたものの、管弦楽室内楽ほどの隆盛は見られなかった。

 その原因としてまず一つに、弦楽器を含まないことによる音色の単調さが挙げられる。弦楽器のオーケストラも存在し、弦楽セレナードや弦楽合奏という形でその存在意義が歴史的にもリスナー数的にも吹奏楽以上に市民権を獲得していることからも分かるように、弦楽器の特徴は多彩な音色である。ボウイングの差異一つが演奏者の解釈を左右することからも、その音色のレンジの広さが推して知られるというものである。また、演奏者の体力が作品の演奏の完成度に大きく関わってくるということも作曲上の問題の一つである。呼吸と口唇の振動によって音を出すというメカニズムは、個人差はあるにせよ例えばマーラーブルックナー交響曲レベルの作品になってくるとどうしても演奏者の疲労が出てしまう。また、音色の単調さはそのような大規模の作品において致命的な弱点となるだろう。吹奏楽というジャンルは、そもそもからして無理のある形式であることは否めない。

 

 しかし、そのような制約を乗り越えて生み出された作品に目を向けないことは、大きな損失であるだろう。その珠玉の作品の一つが、一九九一年にジェイムズ・バーンズが作曲した「交響的序曲」である。アメリカ空軍バンドの結成五十周年を記念して作曲されたというこの曲は、アメリカ合衆国という国の「善」と「聖」を体現してやまず、それでいて鼻白むことのない、二十世紀吹奏楽を代表するマスターピースの一つと断言したい。

 構成は吹奏楽ではお決まりとも言える急-緩-急の三部構成による変奏曲的なものであるが、まず瞠目すべきはその冒頭である。シンバルの強烈な一打と共に奏されるコルネットとトランペットとトロンボーンによる華やかかつポリフォニックなファンファーレの開始は、正直あまりにも「そのまんま」過ぎて、工夫が凝らされた開始に耳が慣れた我々はその素朴な屈託のなさに苦笑してしまうかもしれない。ところがその後突入するアレグロのリフとコードによる力強い進行とホルンの超高音の絶叫を聴けば、バーンズが用意した究極の「善」のエンターテインメントに身を浸すよりないことを聴き手は自覚するだろう。

 バーンズの特徴は、マイナーコードを多用する緩徐部分の濃密なロマンティシズムと、それに対比する形でメジャーコードによるリフとリズムの執拗な積み重ねがもたらす周到なカタルシスの演出である。その代わり、例えばアルフレッド・リードが得意とするロ短調ヘ長調といった変則的な調性によるフーガのような緻密な構造性は希薄であり、リードがバッハやベートーヴェンを明らかな参照元としているのに対してバーンズはバーンスタインガーシュウィンといったアメリカ音楽史を意識していることはその手法からも読み取りうる。内声を複雑にいじくりまわすこともあまりせず、基本的に対旋律をぶつける際の大胆さとバス声部のここ一番での馬力(バーンズのスコアはチューバ奏者に全幅の信頼をおいていることがよく分かるものである)による音楽の表情の微細な変化を得意とする。

 マイナーコードの旋律の扱いの巧さを味わうのであれば、冒頭のアレグロ部分の結尾でホルンによるブレイクダウンが起こったあと、ユーフォニアムとチューバがうねりながら彼方へ消えていくとき、ファンファーレのマイナー変奏でコーラングレがその重低音の中から浮かび上がってくる「あわい」を聴いてほしい。コーラングレ、テナーサクソフォンからアルトサクソフォンに徐々に旋律の響きが移り変わっていくときの繊細な感覚は、バーンズのみが持つテクスチュアである。あるいは、バーンズのバスの力強さは、アダージョ部のあとスケルツォ的な部分を経て、分散和音による解決の引き延ばしから満を持して冒頭の七声部によるファンファーレが金管全奏に回帰してくる箇所を聴けばすぐに分かるはずである。そのファンファーレの終盤のトランペットの上昇音形に対して、チューバが下降音形を力強く吹奏するときの対位法が生む輝かしい響き(ハ長調による中音域と高音域の対位法はバーンズにおいては例外的だが明らかにワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第一幕への前奏曲に対するオマージュだろう)は、単純であることがいかに素晴らしく、いかに力強いかをどんな音楽よりも雄弁に物語ってくれる。

 バーンズは、アルフレッド・リードやクロード・トーマス・スミスといった他のアメリカの作曲家と比較され、どうしても「永遠の二番手」のように言及されることが多い。リードの厳格と艶美が共存する危うい魅力、スミスの変則的なリズムと複雑かつ高度なオーケストレーションが生み出すプリミティヴな快楽に比べると、バーンズの音楽性はいささか単純で善良すぎるのかもしれない。しかし、この「交響的序曲」を聴くと、アメリカという国が何故数々の醜さを抱えながらも「善」と「強さ」へと向かっていったのか、向かっていくのかという「善への意志」を、わずかながら信じてみてもいいかもしれないという気分になるのである。それはバーンズが、他ならずアメリカ・クラシック音楽の継承者であり、バーンスタインやアイヴズ、ガーシュウィンコープランドといった「アメリカ人」の魂を受け継いでいるからではないだろうか。

 演奏は松元宏康指揮ブリッツ・ブラス「ブリッツ・ブラスVol.2」(二〇〇九年録音、WAKO RECORDS)のものが最もよい。吹奏楽においてはスタンダード・ナンバーと言えるので演奏も非常に多いが、松元盤のテンポのキレ上がりの爽快感やアダージョの思い切ったデュナーミク操作、響きの透明感はバーンズ自身の自作自演盤などをもはるかに凌ぐ出来栄えであり、完成度の面で間違いなく同曲一の名演奏だろう。ちなみに、このディスクに収録されている他の曲はフィリップ・スパークの「ドラゴンの年」や田村文生「饗応夫人」原典版、ヤン・ヴァン・デル・ローストの「カンタベリー・コラール」など吹奏楽きっての名曲が目白押しであるため、アルバム総体で聴いても非常に満足度の高いものとなっている。当ディスクの「交響的序曲」はYoutubeでも視聴可能(https://www.youtube.com/watch?v=mED-y03Ghrs)。

 

 

三.ジャニーヌ・リュエフ-サクソフォン四重奏のためのコンセール(Jeanine Rueff - Concert en Quatuor

 

 最後は、クラシック音楽においては存在感を発揮することが少ないサクソフォンの楽曲を紹介したい。クラシック音楽サクソフォンがいまひとつイメージしづらいことの理由は明確で、楽器の成立の歴史が他の楽器と比べて大きく後れをとってしまっているためである。一九世紀半ばにアドルフ・サックスによって考案、何度かの改良を経ながら、最終的にはマルセル・ミュールが完成させたサクソフォンは、その艶やかな音色とトゥッティにおいても明確な存在感を示しうる音量によって近代の楽器工学の粋の集大成とも言える楽器となったが、オーケストラのスターティング・メンバーとなるには至らなかった。もちろん、ある程度クラシック音楽になじみがある人々であればラヴェルの「ボレロ」やプロコフィエフバレエ音楽ロミオとジュリエット」があるじゃないか、と反論することも可能かもしれないが、ソロ楽器の「飛び道具」としての威力を発揮することは出来ても、オーケストラの厚みや和声といった部分でサクソフォンが貢献できる部分が少なかったという事実は、その後サクソフォンの活用の現場がジャズやファンクであった歴史が何よりも雄弁に語るだろう。

 マルセル・ミュールはパリ国立音楽院コンセルヴァトワール)においてサクソフォン科を担当し、彼自身も極めて高度な技術を持つサクソフォン奏者であった。そのミュールの交流は作曲家にもわたり、その交流は作曲家たちに大きなインスピレーションを与えた。その友人の一人が、ジャニーヌ・マリー・クレメンティヌ・リュエフである。十九世紀の終わりから二十世紀初頭にかけてフランスで活躍した女流作曲家であるリュエフは、フランス音楽が最も豊かであった時代の空気とともに生きたことや、優れたサクソフォン奏者のミュールを友人に持っていたことは、彼女の作曲活動を大いに助けたと言える。他に同時代の作曲家としてアルフレッド・デザンクロ、ウジェーヌ・ボザなどがいるが、彼らもまたミュールとの交友から霊感を受けた人物である。

 サクソフォン四重奏というジャンルは、それ自体が持つ作品の豊かさに比べて聴かれる(語られる)ことが少ない。例えば、弦楽四重奏はカルテットという形式において恐らく最も聴かれ、語られてきたものであり、相応に演奏や評論の対象になることも多い。演奏団体もアルバン・ベルク四重奏団やエマーソン四重奏団など、枚挙に暇がない。それはもちろんモーツァルトベートーヴェンバルトークといった作曲家たちによるかけがえのない作品群のもたらすジャンルの豊かさであるが、サクソフォン四重奏に関して言えば、楽器の歴史の問題はあるにせよ十分な言及や演奏の試みがなされてきたとは言い難いどころか、少なすぎるとさえ言える。ここで紹介するリュエフや、デザンクロ、ボザといった優れた作品群には事欠かない分野であるにもかかわらず、である。

 サクソフォン四重奏の特色は、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの同一音色の四声部による緻密なテクスチュアだが、特筆すべきは音量とピッチの幅の広さである。ソプラノサクソフォンの強靭かつしなやかなハイトーンからバリトンサクソフォンのエッジを保ちつつも深みを響きに与える低音域まで、表現しうる音楽のダイナミクスは大きい。欠点として、やはり吹奏楽器であるために弦楽四重奏のようなアーティキュレーションの妙、といった微細なニュアンスの変化を演奏者が与えることには一定の困難が伴うことは否定できないものの、サクソフォンのみが表現しうるヴィヴィッドかつ鮮烈な世界観の魅力は、今以上に演奏の機会が設けられて然るべきだと言える。

 リュエフの「サクソフォン四重奏のためのコンセール」(以下「コンセール」と略)は、そのようなサクソフォンの持つ表現の可能性に対して挑戦した、音楽史上に記憶されるべき楽曲である。全体の構成は六楽章からなり、それぞれ序奏、フーガ、メヌエットパスピエ、アリア、ロンド形式のフィナーレとなっている。メヌエットパスピエ、フィナーレがロンド形式によって書かれていることからも分かるように、フランス・バロック的なパストラールの様式を念頭に置いている。第一楽章冒頭のコラールを聴けば、即座にリュエフという作曲家が何故かつて評価されてこなかったのかという疑問が浮かぶだろう。バリトンサクソフォンのどっしりと奏される持続的な低音の上に、三声部がこの楽曲の中心を貫く主題を悠然と吹くときのきらめきは筆舌に尽くしがたい。リュエフが二十世紀フランスに音楽の中心を据えながらもフランス・バロックをモダンにリプロダクトせんとするセンスは擬古典主義時代のストラヴィンスキーを彷彿とさせるが、しかしストラヴィンスキーの二番煎じには決してなっていない。二十世紀初頭のモダニズムバロック様式のギャラントな感覚のはざまで微細に振動しながら、リュエフの「コンセール」はサクソフォンの無限の可能性を開き続ける。

 その後も四声部が緻密に織り交ぜられていきながらバッハとは違った形で対位法を展開するフーガや、短調でゆらりゆらりとサクソフォンのエロティックな音色を振りまきつつ妖しく音楽が明滅するメヌエット、アリア、遊撃的なパスピエを経て、ロンドのフィナーレへと向かう。ここで行われている構造的な技法ははっきり言って目新しいものではなく、ロンド形式によって楽章冒頭に示される細やかでややいたずらっぽい動機がソプラノサクソフォンのリードによって繰り返されながらテンションを高めていき、最後に全体の主題が現れて全曲を締めくくるというものだが、その単純さがもたらす美しさたるや、どんなに複雑な技法をもってしてもそこにたどり着くことは決してできないと思わせる。「コンセール」は古典的な手法と近代的な明晰な構造を併せ持った二十世紀室内楽の名曲の一つであることは間違いなく、当作品が頻繁に演奏されるようなことがあれば、それは現代の我々にとって大きな財産であろう。抜粋、しかもアマチュアの演奏ではあったが、この曲の実演を初めて聴いたときの、冒頭コラールがホールの隅々にまで染みわたっていく際の恍惚は今もって忘れることができない。ちなみに、リュエフはサクソフォンのための音楽を何曲か書いているが、「コンセール」と共に忘れてはならないのは「サクソフォンのための小協奏曲」である。こちらもリュエフの洒脱なオーケストレーションが光る作品であり、ドビュッシーサクソフォン協奏曲などよりも演奏されるべき楽曲である。

 演奏は作品の持つ豊かさ、緻密さに対して十全に掘り下げが効いているというべきものが現時点で存在しておらず、なかなか歯がゆい思いがしてしまう。今聴けるもののうちではダニエル・デファイエ四重奏団によるディスク「サクソフォーン・アンサンブルの至芸」(一九七八年録音、ソニー)が最適解ということになるだろう。もちろんデファイエをソプラノに据えたアンサンブルは素晴らしいものではあるのだが、どうしても七十年代の録音であるためにソリッドな部分の表現力に欠け(レコード復刻である点もその原因であると考えられる)、またメヌエットやアリアの緩徐部分においてはリュエフのスコアの持つ危険なエロティシズムがいささか健康的に歌い上げられすぎているきらいがある。とはいえ全体の完成度や音色の持つ深みでデファイエ四重奏団に勝る演奏はないので、これが現在のベストだろう。Youtubeでも視聴可能(https://www.youtube.com/watch?v=-qOt-sWqMT4)。現在の録音技術と高度なテクニックによってフォルテからピアニッシモに至るまでの表現力が可能になった「コンセール」を是非聴いてみたい。

 

 

 以上の三曲は、いずれも違った方向性で今のクラシック音楽シーンにはない刺激を持った楽曲であり、今後の演奏機会次第では日の目を見る可能性もある。しかし、吹奏楽サクソフォン四重奏、チェロ・アンサンブルなど、その形式が現時点ではやや特殊であるため、実演に接することの出来る機会はそう多くない。だからこそ我々は未だ発見されていない楽曲群に接することによってクラシック音楽シーンの持つ凝り固まった感性を解きほぐしていかなければならないのであり、そうすることによって得られる音楽の豊かさは、いわゆる「聴き比べ」とはまた違った形で我々に音楽の持つ美しさを教えてくれると信じている。我々はリスナーであると同時に「聴く」という行為に批評的になることが求められている今だからこそ、単なるスノッブな「愛好家」であることから脱却し、今一度クラシック音楽に言葉と共に向き合っていくことが必要である。そしてその向き合った結果から、クラシック音楽をさび付いた骨董品としてではなく、うねりながら聴き手をゆさぶり続ける有機的な何かとして人生を豊かにする契機となるのであれば、そんなに幸せなこともないのではないだろうか。