思考停止

映画、本、音楽、など

ラグジュアリーへの羨望、あるいは擬似スキゾ:2020年総括

 22歳の秋、まさに恋燃ゆる季節、僕の前に服と本とセックスを愛する女性が現れた。「ねえ、私はどんなセックスをしそう?」そう言いながら鈴の音のようにころころと笑う彼女は花柄のブラウスを身に纏って、そのコケティッシュさで僕をコケにしているかのようにも思われた。今年の7月まで付き合った彼女は、僕にアレキサンダー・マックイーンを教えた。僕に古井由吉を教えた。僕は彼女にベートーヴェン弦楽四重奏レオス・カラックスを教えた。しかし教え教わることができなかったことがある。人を愛するということだ。彼女は依存することでしか僕への愛情表現を知らなくて、僕もまた彼女に依存することでしか彼女に愛を示せないと思っていた。僕は最後、他の男と寝た彼女に向かって「お前なんか、愛していなかった」と言った。本当は、愛し方が分からなかった。服を愛するように、映画を愛するように、音楽を愛するように、人を愛することができたならどれほどよかっただろう。いや、彼女にとっては、まさにメゾンの中の数着を取って試着するかのように男と寝ていたのだろう。まったくもって情けない話である。あの日見た埠頭からのどす黒い海と重く滴るような空、6月にしては冷たい風が吹く中、周りの視線など憚らずにキスをしあった記憶だけが、2020年という呪われた年に深く刻印を残している。

 

 ……という書き出しは半分マジで半分冗談です。毎年noteかTumblrにその年の振り返りを書くというのをかれこれ6年続けていて、プラットフォームをはてなに一本化したのでここで書きたいと思います。ちなみにバイトに行くまでのタイムアタックです。今年はコロナに始まり彼女に浮気されるわ精神病院にブチ込まれるわ一人暮らしが始まるわで揉みくちゃになった1年でしたが、卒業論文を書いていた躁状態の夏はめちゃくちゃ楽しかったり(躁なんだから当たり前か)、下半期に服を見る(というかファッションショーを観る)ことにハマってからは一日中VtuberとファッションショーをYoutubeで見ていたら朝の7時なんてこともザラで、唯一心残りはアルチュセールよろしく「常にセックスは身近でなければならない」ということにはならなかったことだけど、まあそれなりにやることはやっていたのでよかったのではないでしょうか。ちなみに2020年を語るに当たって元カノの存在は相当デカいのですが記述は冒頭の小説もどきに留めておきます。女に関して過度に湿っぽいことを書くとのちのち俺がつらい。というわけであんまり時間もないので、トピックスを絞ってなるべく簡潔に2020年を振り返っていこうかと思います。

 

卒業論文

 既に彼女との関係がギスつき始めており、フッたと思ったら既に他の男と寝ていたことが判明し(ちなみに当時性病の偽判定が出ていて彼女に「確定もしていないのに性病呼ばわりはヒドイ!しかも性病じゃないし!」とキレられたのですが、痛みが一ヶ月半続き明らかにおかしいと思って再検査したらマイコプラズマ尿道炎というれっきとした性病でした。バーカ!)完全に失意のズンドコにいた私ですが、夏の陽気に当てられたのか精神的ショックからなのか激烈な躁状態に突入、毎日3時間睡眠で朝の5時から3時間資料検討と執筆に当てる生活を1か月やり、6万5千字というコースの規定文字数を大幅に超過する代物が完成。毎日フルーツグラノーラと果物を食べて(モンスターなどには頼らずに)アルチュセールに向き合っていました。今後もアルチュセールの在野研究は続けていくつもりなので総括的なことはしたくないのですが、みんなアルチュセール思った以上に真面目に読んでないんだなということが分かっただけでも儲けものかなと思います。

 

・精神病院

 卒論を書き終えた後僕は無事発狂、双極Ⅰ特有の世界が目の前でドロドロに溶けていく感覚や幻覚症状に苦しむことになります。気が狂いすぎて渋谷のドゥマゴに入ってオムレツと白ワインをきこしめたのは今でも意味分かんないね。主治医から「この薬効かなかったら入院ね」と言われるものの2日を待たずに家を飛び出して深夜徘徊したり、「眠れない!眠れない!」と絶叫して母も半狂乱になるなど、完全に地獄の様相を呈していました。大学4年のとき恩師に専門を聞かれ「アルチュセールです」と答えると「ダメだよ、ミラーニューロンで気が狂っちゃうよ」と言われたが、完全に正しかったですね……。ちなみにアルチュセール双極性障害を発病したのは20歳のときなので僕と同じです。キモ。ほぼ埼玉の練馬の病院に担ぎ込まれ、1週間半ほど入院生活を送る。本当はもう少しいるはずだったんだけど統合失調症の人妻に貞操を狙われかけ逃げるようにして退院。病院自体はすこぶる快適でいくらでもいれるなという感じでした。喫煙所の利用時間が限られていて16時以降はタバコが吸えなかったのが唯一辛かった点でした。喫煙所で仲良くなった人たちは元気にしているだろうか。朝飯にクリームパン(おいしい)が出たとき、朝10時鍵開けの喫煙所で渋いおじさん二人が「クリームパン、うまかったな……」「ああ……」(大塚若林ボイス)という牧歌的な会話をしているぐらいなので精神病院って思われるほど殺伐としてないですよ。またこのとき暇すぎて病室で配信を始める。結構まともにテーマを設定して喋っていた、というかあまりにも暇なので本を読んで感想を喋ることぐらいしかストレス発散方法がなかった。なおこの時双極Ⅰに加えて重度の発達障害であることも判明。ADHD衝動型で我慢ができないらしい。長男なんですけどね。実家に適応障害もあることから主治医の勧めで一人暮らしを始めることになる。一人暮らしはまあ洗ってない炊飯器で米を炊いたり晩飯がもずく一パックと豆腐だけだったりそれなりに香ばしい生活を送っています。常に金がないので親に怒られまくっている。コンカフェ行きたいしね、しょうがないよね。

 

・服

 前々から興味はあったのだがどういう入り方が正しいのか分からず(何が自分に似合うのかとか、ブランドごとの違いとか)友人や元カノに色々聞いたりしていたのだが、結局ブランド物の古着から始めるのが手っ取り早そうなのでそうすることにした(「古着はモードじゃないから買わない」――友人談)。弟は古着が好きなのでよく買ってくるのだがブランドがよく分かっていないらしく、僕はセカストとかカインドオルを根気強く回るより自分で採寸してサイズの合うもの買った方がブランド物買うんだったらよくな~い?(ギャル)という人間なので、古着好きというわけではない。古着屋そのものが好きという人は当たり前にいっぱいいるからね。

 リアルクローズ(勿論、古着で)で今のところ気に入っているのはヴィヴィアン・ウエストウッドアレキサンダー・マックイーン。自分は黒スキニーに革ジャンみたいな恰好をよくするのだけど、ヴィヴィアンはパンツもタイトだしロンTもジャストサイズで若干袖が余る感じが気に入っている。今更70年代パンクスみたいな恰好するのもなんだけどエディ・スリマンよろしくたっけぇレザージャケットに白シャツ、黒パンツでキメキメというのも日本人のスタイルに合わないという場合はヴィヴィアンのゴールドラインではなくレッドラインやマンのライセンス品はかなり良い印象がある。マックイーンは何を隠そう元カノが好きだったブランドであり、菊地成孔大先生も好んでお召しになっているということで個人的には呪われた(?)ブランドである。パリ・モードとロンドン・モードの区別がマックイーンにおいてはもはやつかなくなっている、というのはN/K御大の『服は何故音楽を必要とするのか?』に書いてある通りだが、アシンメトリーのジャケットなどはともかくテーラードやスーツのセットアップは肩にパッドが入っていて(今自分が欲しいベルベットのテーラードはその限りではない)、キュッと胴回りが締まった、着た本人のスタイルが際立つどちらかと言えばロンドン・モード的な意匠である(もっとも、マックイーン存命時のメンズラインのコレクションを知らないので、サラ・バートンがこの辺りの意匠にかけては優れているという話ではあるが――ラルフ&ロッソ2020AWのゆる~いシルエットなどを見るとバートンのタイトなレザーやスーツが異質なオーセンティシティを放っているのが分かる)。という訳で、今年はお年玉代わりにマックイーンのテーラードとニットを買ってもらいます……。いつか青山の正規店のセールでジャケット買うんだ……。他にもサンローランのレザージャケットがかっこいいとかヴァレンティノのボンバージャケットがかわいいとか色々あるが、そんな金があるわけもない(リボ払いで親指を立てながら溶鉱炉に沈む選択肢はない)ので、ひとまずこの辺に焦点を絞って指を咥えています。本当はファッションショーについて一番書きたいんだけど、もうちょっと勉強します。

 

 2021年はもっと楽しくなるといいですね。よいお年を。